こんにちはdbd半です。
今月は稽古がお休みなのですが、今日はかねてから見学希望だった千葉のホールの見学に行くところです。
少しばかりの、フリータイムをこの記事に費やしたいと思います。
ずっと言っていることですが、今また考えています。
「どうしたら芝居をもっと敷居の低いものに出きないものか?」
劇ストはその大きな一つの起点になるはずです。それは間違いない。
しかしそれだけでは足りないのだろうと思っています。
数多く生まれる劇団は、また解散や停止になる劇団も多くあります。
でもその絶対数がコロナや社会とのミスマッチで減少していることも否めません。
果たして、演劇というジャンルは現代社会に求められていないのか?
伝統や文化と名のつく演劇ジャンルだけが生き残るのか?
一般市民がライブ演劇をする意味は無いのか?
前回の記事で小劇場の廃止が増え、根城にしてい小劇場はアップアップするしかないのか?と身悶えた内容を書きました。
数十年前のバブルのおかげで小劇場が増え、その中で暴れん坊達が声を上げ、今やテレビや雑誌などで語られます。
でも最初は皆無名からの産声だったんです。
あらゆるチャンスがあったのも本当でしょうが、その分彼らは必死だったことでしょう。
全力でぶつかっていたのだろうと想像します。
それに引き換え、私は中途半端です。
一般的な会社で就職して、仕事も家も趣味も両立したいと言うそこはかない、且つやめられない野望から離れられません。
もっと気軽に芝居を楽しみたい。
もっと気軽に芝居を楽しんで欲しい。
もっとフリーダムな気持ちになって欲しい。
やる人にとっても見る人にもそんな気分になって欲しい。
そういう気持ちが、どうしても捨てられないのです。
こうしなきゃいけない
こうあるべき
社会の中で必要な事はたくさんあります。
でも、同じ演劇を愛する人たちが集まって、ワイワイお祭りできたら、それでいいんじゃない?
そんな単純な事が難しくなってしまうのが、とても悲しくなってしまいます。
私には、まだ足りないものがあるのでしょう。
人を動かす時、体も心も、誰かを動かしたいなら、その倍以上、その倍々以上自分が動け!と思っています。それでも足りなければ、もっと。
でも、それには相応の覚悟も必要です。
もう少し、時間がかかりそうです。
焦らず、周りをよく見て、自分の行くべき道を選択していきたいと思います。