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dbd-hans-collection101のブログ

さぁ、世界をつくろう。 人生には刺激が必要だ。 芝居人の半としていろいろ書き綴って参ります。

dbdでは感想・ご質問"大募集"!! 少しでもご興味ある方、お気軽にご連絡ください お問合せ<dbd.hanscollection@gmail.com> ツイッターも始めました。 #dbd_han どうぞよろしくお願いします!!

迷った時は・・

(前回の続き)

こんばんは。dbd半です。

 

この流れだから勘のいい人は気付いてくださってるかもしれませんね。

 

はい、半は迷っています。

またかって思ってらっしゃる方もいるかも。。

聞き苦しければ、今回は飛ばしてくださいねσ^_^;

 

いろんなことがやりたくて自分の方向性について迷っています。

台本を書いても自信が持てずこれで良いのかなって迷っています。

組織としてもっと大きいことに取り組みたいのかピンでフリーダムにやり続けたいのか迷っています。

役者をメインでやりたいのか、脚本や演出など裏方に回りたいのか、企画者としてのプレゼンターでいたいのか、自分の本来やりたいことについても迷っています。

なりたい自分像が見えてきません。

 

 

個人練をする時はできれば少しですが走るようにしています。

走る事は自分と向き合える時間だから。

あとどれくらいやろうか?どれくらい持つだろうか?この辺の肉が気になるから意識してみようとか。

そのうち、息が荒くなるにつれ自分のメンタルの迷いが浮き彫りになります。

 

 

私は、迷っている

 

 

私は、どうしたい?

 

 

どんな風になりたい?

 

 

半の夢は変わりません。

前に書かせていただいたように、私が最高に満足できて見ていただいた皆様にも楽しんでもらえる舞台をやりたい。それが夢です。

 

 

でも、そこまでいくプロセスは幾通りもあります。その通り道に、やりたい事も身につけたいこともたくさんあります。一つを極めたい気持ちもあれば、トータル的に手掛けて半ワールドを炸裂させたい気持ちもあります。もっと千葉でお芝居をできる環境を整えたいとか、でもできるできないをおいておいて本当は劇団を持ちたいんじゃないの?とか、それとも役者としてもっと名前を挙げれるように頑張ってからの方がいいんじゃないか?とかとか。

 

私は、もう若くはありません。

よくも悪くも30代です。

全てを制覇するのは難しい。

 

 

ああ、なんという優柔不断でしょう。

 

最初に書いたように、みんなでショートの作品を作ってお披露目できるようなそんなことができれば良い、、とか。今はそれも少し違うように感じます。

 

話がコロコロ変わっていますね。m(__)m

最初のブログを読んでくださってる方はなんだよプンプン\\٩(๑`^´๑)۶////ってお気持ちをさせてしまう可能性も感じます。

 

ごめんなさい

まだ固まってない

 

私のやる方法、手段はまだ確定されていません。

GW中の稽古と同様。

突っ走って周りに迷惑をかけているのは絶対ある。

 

革新的な軸はあります。それはブレない。

 

伝えたい 

 

それだけは変わらないです。

表現者として、製作者として、企画者として、感動や鼓動を空気を伝えたい。

 

 

難しいね。

 

今日は少し動いて見て、気持ちよかったです。

 

私自身、どう転ぶかわかりません。

 

面白そうなことがあればすぐに飛びついちゃうかもしれないし、反面あぁだこうだいう前に、それだけの努力しろよっ!って思ったりもします。

 

もっと揺るぎない自分になりたいね。

 

でも迷いもひっくるめて私だしな。

 

 

それでもこういうのを作りたいって普段の生活の中で見つけちゃったりするんです。m(__)m

 

 

半はこんな人です。

わぁわぁ騒いで、迷いつつ前に前にと思っています。

 

こんな私ですが、周りを振り回しちゃうかもしれませんが、良ければこれからもお付き合いくださいね。

 

 

今日は本当に気持ちのいい稽古日よりでした。

こんな気持ちではありますが、

お芝居をしている時間が楽しいです。

迷い

こんばんは。dbd半です。

 

最近気持ちいい天気ですね。

昨日今日と五月晴れ^_^

今日は時間が空いたのもあって、久しぶりに外をジョギングしました。

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風はあるけど虫はいない。

最高です。

これからどんどん虫の季節になりますから、野外でやる時は、蚊との生きるか死ぬかの戦いを繰り広げることになります。(蚊にとってですが)

かゆいと稽古どころじゃなくなりますからね。

去年はお外はお外でも、早朝にしていて昼間は、初めてでした。

バーベキューをやる人を尻目に遊具で遊ぶお子達を尻目に、帽子とマスク、ウォークマン姿で公園を2周走り、あとは歩きながら一周しました。

 

走りながらマスク、、怪しいよね。σ^_^;

でもこれは半流です。

ときどき走りながら歌ったり滑舌練習を言ったりするので、私が集中するのと他の人にきみ悪がられるのを防ぐためです。ぶつぶつ言いますからね。

帽子は深くかぶります。

ご近所で私が芝居をやっている事を知っている人はいません。芝居以外の知り合いというのは、なかなか言いづらいものです。自然に耳に入ってくれたならまだしも、あえて自分から言って己にプレッシャーをかける必要はないと思います。

だって半は一般人だから。( ;´Д`)前にも書きましたが、外で稽古はしますが普通に恥ずかしいです。走ったりするのと読みと動きがメインなんで奇声をあげるとかはしませんけどね。

 

今日も掃除風のおじさんが、ずっと近くにいました。

「うすさくてすみません」と何度か頭を下げました。

久しぶりに外郎売の滑舌練習の時です。

恥ずかしかった。

おじさんは、何かな?と純粋な興味で気になっただけとのことでした。

 他の方々も「なんぞ?」とお持った方は数名いましたが、それは早朝の時も同じです。いやむしろ昼間の方が音が気にならない。思ったより集中していました。

 

恥ずかしかったけど、今日は本当に良い稽古日よりでした。

 

そのあと、wamさんの稽古場(今、月1くらいの参加なんだけどね)で顔を出させてもらいました。本日は見学含め5名の参加。

 

からみができる事。自分の弱点を知れる事。一人ではできない練習ができます。

 

あぁ、今日は良い1日だった。

皆さんも、練習頑張ってくださいね。

 

(次回に続きます)

 

 

わたしまけましたわ〜台本のあれこれ〜

舞台人にとって、台本は神様である。

台本が面白ければ八割成功。既成台本(すでに出来上がっている台本)然り、オリジナル台本然り。

どうもdbd半です。

 

わたしが学生時分に誰かがそう言っていて酷く納得した覚えがあります。

実際に、私が見た中でアマチュアというか素人さんの演劇でも脚本がしっかりしているものは大抵面白いです。
逆にどれだけ素晴らしい演者やスタッフがいても脚本がつまらなければ、相当苦戦を強いられるでしょう。というかほぼおもしろくないです。

 ※半は、台本、脚本、同意義語として使っています。厳密にいうと違いがありそうですがここでは割愛致します。

 

 

今回は帰省中、芝居仲間と会う約束をしたのですが勢いで作品を作りませんか?と提案しました。←久しぶりなのに無茶振り(笑)

 

その時会う約束をしていたのは、名乃さんとイクラちゃんです。二人とも現役でお芝居を続けていて動画アップもしていてdbd立ち上げに遠隔で協力してもらった関西の芝居仲間です。

二人はそれぞれ脚本家でも有りそれぞれ別の主催でも有ります。

 

とれた時間は一日でしたが、簡単なものであれば単純に何か一本物を作成できると思っていました。そして生半可な私より名乃さんに脚本を書いてもらう方が良いものができそうだし、まずはこんなのどう?と簡単なアイデアだけ提案していました。

 

ま、実際にやろうとすると撮影場所の問題、明かりの問題、小道具の問題、などなど。

ちょっと無理くりすぎました。

前に2時間ほどで収録できた作品があり

なんかできるだろうっと軽いノリだったのと、わたしの制作意欲が止まらなかったことが原因です。

猛省です。

私の悪い所です。勢いで突っ走る。

ふたを開けると穴だらけ↓↓

 

ま、勢いないと突っ走れないし、頭打ちしないと何をやったら良いか分からないから、私自身はいいのです。ですが、今回の二人や今まで出会っている人にもご迷惑をかけている事は容易に想像でき、反省するところが多々あるわけです。

 

ですが、それとは別に二人といた時間はやっぱり楽しくって。すごいなぁと思う事があり大変濃厚な時間を過ごせました。

その中で一番感じるのが、台本力です。

 

わたしは脚本家では有りません。でも伝えることをしたいわけで、わたし自身が気に入りそれを具現化できるものというと既成台本ではとても難しいのです。そこで今まで何本か書きました。動画としてアップした私が書いたものは一本しかありませんが、お蔵入りしたもの、挫折したもの、構想だけのもの、途中で飽きたもの。実は何本かあるのです。σ^_^;

 

けれども自分の作品というのは致命的な問題があります。

 

わたしが、面白くないのです。(*´Д`*)

 

主観が強過ぎて、言葉遣いが上手くないあまりに間や頷きでごまかしたり、その頷き方を考えている間に飽きたりするのです。_| ̄|○

 ※間、というのは<あいだ>ではなく<ま>です。

舞台用語になるかもしれませんが、何も言わない時間の流れを<ま>と言います。字で書かれた「・・・」もそうですし、「間をとって」とか、「変な間がある」という使い方をしたりします。^ - ^

 

何言ってるかよく分からないですよねσ^_^;

 

ま、要は文字に起こす時に苦痛になるのです。。。

書いてるあいだに乗ってきて書き進めるのですが、途中で間<ま>や空気があって、それを考えて文字化して手打ちしていく段階で次の感情に移っていたりして、だんだん書くのに脱力していき、だったらその場の雰囲気で感じた間でいいじゃないか、となるのです。

そして、実際にやってみようとすると、すごい集中力がない限りとても中身のないつまらない間<ま>や空気になるパターンです。なんだか鮮度が失われた食べ物みたいに、カスカスな感じ。

 

こういう書き方をしているので、読み返して分かるその間や空気を理解できるのは私だけです。

台本はある程度の自由がなければいけません。

イメージが伝わり、演者が言いたくなるセリフが要所にあり、そして表現の自由があるものです。

台本自体に主観がありすぎては二つ目以降の役は生きて来ないし、生きていない役はつまらない。台本は誰か一人に肩入れした書き方ではなく平等な客観的な書き方をしていないとおもしろくないと思うのです。でなければ表現の自由、個性の自由が打ち消される。つまり、作る側はおもしろくないのです。

 

 

わたしね、その日、実は台本持って行ってたんです。

以前に部屋で撮るには尺が合わず顔面がアップになり過ぎて挫折したアレです。

でね、いざやろうとすると、、、

 

 

はずい・・(*´Д`*)

※恥ずかしいの意。関西弁?

 

だいぶね、こういう型枠は外れてきたと思うのですよ。役者の練習だった恥ずかしながら青空稽古するくらいですから。できると思ったし、だからこそ持って行ったんだし。

 

 私の本読みの前に名乃さんの台本を読んだのですが、半には珍しくエロギャグネタやモノマネ?ネタまがいのことまでやってたんですよ。

昔の半なら恥じらい・・もとい、型枠から一歩前には出られない部分だったんですがなんかそういうのも、もういいヤァみたいでね。

やればやるほど、なんかできるわ〜おもしろ〜、なんでもやるよぉ〜くらい思ってノリノリやったんですよ。

 

なのに、、自分の台本出そうとしたら、大したことないのに、急に恥ずかしくって。。モジモジ。モジモジ。

 

乙女かっ!?

 

自分でもビックリするくらいモジモジしてしまいました。

 

羞恥心・・

 

 

ああ、私にもまだこんなものが、、。

急に、急に出せなくなったんです。

私が持っていったのは一人芝居です。

 

先にも述べた通りわたしの台本は他の人には大変わかりづらい台本です。

私が頭の中で構成したものなので、私が演じないと誰にもできないわけで、作品として形になりません。一人芝居なのは、わたしがピンでも出来ることを想定して作った台本であり、主観的な書き方が唯一許されるのが、一人芝居だからです。

 

名乃さんの計らいで、今回はなんと防音の施設をお借りしておりました。部屋自体は薄暗く何もないお部屋でしたが、それも想定して持っていった台本でした。撮るなら間違いなく絶好のチャンスでした。

 

なのに、一歩踏み出せない。

 

まるで中学生の頃の日記を見られるかのように、私は自分の作品を提示することができませんでした。

 

 

一方、イクラちゃんは、少し前まで来れるかどうかも分からなくて、失礼ながら作品作りする予定としか言ってなかったんです。もちろん当日何するか中身は一切言ってなくって。それなのに当日皆で読みをしていたら「私の作品も出していいですか」って、自分の台本USBで持ち歩いていたんです。過去に上演されたショートの作品だそうですが、読ませてもらうとまたその脚本が個性溢れてる二人芝居だったんですよね。

 

これが、プロ意識の差、なんでしょうか。

 

いつでも持ち歩いてることにもビックリしたし、私が言うのもなんですが前に(かれこれ10年前に)絡んでやらせてもらった時よりも断然脚本力が上がっていると感じました。

 

 

負けた。

 

自分の心に負けた・・。

 

 

 

そう思いました。

こりゃ修行して出直しやわぁ。

やることはわかっていました。選択肢は一つだけです。

 

書く、書く、書く、

 

きっとそれしか成功法はなくって、今、半が単純にできることはそれだと思いました。

 

 

が、

 

 

それから一週間

なんと言うことでしょう。

一向に手が進みません。

途中構成まで行きますが、やはり飽きます。

考えてみると、手が進まないと言うのは、それもそのはずなんです。

 

先ほど下記のように述べました。

主観が強過ぎて、言葉が上手くないあまりに間や頷きでごまかしたり、その頷き方を考えている間に飽きたりするのです。

 

改めて見てみると、私の書き方って視点が役者なんです。

私はプロットをほとんど書きません。

書くときもあります。気まぐれです。

 

大体は、伝えたい事。できる構成。役の設定。場所の設定。こう言うのを見せたい。言いたい。

それらを決めた後は、「動画用の絵(お客さんから見たら)」だったり、「舞台用の絵(カメラから見たら)」をイメージしながら言いたいセリフを並べてタイピングしていきます。

そうするうちに、上手くいくときは起承転結ができてまとまります。大半は、途中でしっくり来なくなって未完で終わります。

 

気付いたのですが、

これって台本上で即興劇してるようなものです。

設定があって、よぉいスタートで始まり展開を踏まえてセリフを入れていく感じ。

 

しかも視界も役者だから、周りは見えないし掛け合いなんてもってのほかです。だって主人公の目線でしかないのに、もう一つ視界があって同時進行で会話を成立させるなんて、とてもできません。私は役者をやる時はそれしか見えてないんですヽ(´o`;

 

よく主演、演出兼ねて作成する人がいますよね。そんな方曰く、その役目線から全体を見るらしいです。なんて器用なんだ。。

半には到底真似できそうにもありません。

 

わたしは入り込みタイプの演者なのだと思います。一度役にダイブすると周りは一部しか見えません。自分が、話のどの位置や役割を担っているかは分かりますが、それが他の人にまで目はいきません。

 

 

結果、私の書く本はおもしろくない!

そして、

美しくない!

 

事がわかりました。

 感情の起伏が激しく、自由がきかない。

いらない箇所(間や空気、不要なセリフ)が多すぎて中身が薄い本。

まとまりがなく不要な部分ばかり目につく。

まるで処理してもなんの問題もないムダ毛のようです。

私の書いた本はムダ毛だらけの台本です。ボーボーです。

もうムダ毛本です。

 

えーん。なんか言いながら悲しくなってきました。

 

仕方ありません。事実です。 

 

構成の仕方や見せ方、いわゆる演出的な効果などは好きなんです。自分で考えたものでも、これおもしろーいっ思うし話せます。

 

しかしながら脚本は別です。

 

全てを構成し、軸になり、どんなエンドにするのか、世界を作り出すそのもの。それは己の内面を色濃く反映させるものでもあります。

 

誰かが言ったあの言葉が蘇りました。

台本が面白ければ八割成功。

 

台本は世界を作り出す神様なんです。

私は神様になんてなれない!!

 

♩めーがみなーんて なーれないまーま、わーたーしは、いーきーるー。 

あぁ、無性にエヴァの曲が。。

 

しかたないよね。

だったらコツコツやるか、できるひとにお願いするしかε-(´∀`; )

 

台本を書けるって、すごいです。

私が台本力を身につけるのは、大変だということだけ分かりました。σ^_^;

やるしかないですね。

たとえ、ちょっとでも前に進めれば。

 

ボツネタは山ほど増えそうですが(笑)

 

最近デスクワークが多いのですが、今年は役者としてももっと力を付けたいと思っています。

もうすぐ、夏が来ますし、体もシェイプアップしたいですし、練習しとかないと声がすぐに持たなくなります。

 

他にもデザインの勉強をしてオリジナルのチラシも作成しようとしています。

 

動画編集ソフトをいよいよ有料で買って操作を覚えていきたいです。

 

あ、まだたくさんのお月様の編集も終わっていません。(忘れていませんよ)

 

ふむ。いろいろあるとして、何から手をつけようか、考え中です。

 

今回は、台本に関して、半の現状を書かせて頂きました。また機会があれば台本のことについて書きたいと思います。

ひとまず今回の感想を一言書かせて頂きます。

 

わたしまけましたわ

 

 

※回文なのは文章テクのない半のささやかな抵抗です(笑)

 

〜追記〜

半の作品ではありませんが、名乃さんの作品に声だけですが出演させて頂きました。収録して頂いたものは編集後ユーチューブにアップされると思います。

出来上がりましたら告知させて頂きますので、是非ノリノリの半の出演作品、是非ご視聴くださいね!

 

 

ROOTS

こんにちはdbd半です。

 

大阪より千葉に戻ってきました。

滞在中にも更新できればと思っておりましたが、いやいやいやいや、楽しむことに夢中になり夜はぐっすりねんね、快適な日々を過ごさせていただきました。

 

改めてですが、私はここで産まれ育ったんだなぁと、珍しく感慨深い気持ちになりました。

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我が家の家族を紹介しちゃいます。

ムサシです。♀

なぜこの名前になったのかは、もう忘れました(笑)

最初は家族で皆それぞれ好きな名前を呼び続けていたのですが、いつの間にか母が名付けた名前が定着しました。

 

私は猫好きの猫アレルギーの為、この子と遊ぶのも10分が限界です。

この子は元々野良猫で今でも半分野良猫で、まぁ要はサザエさん家のたまのように今でも半分外で過ごします。

なのでいつでもダニやら外の物をくっつけてきます。私のくしゃみ、涙目が止むはずがありません。

 

10数年前、飼い始めた当初は全然懐かなくて、ある日大きな病気をしました。動物病院で入院していた日、様子をみにいき、ケージ越しに「むさぁ〜 」と呼ぶと尻尾だけパタンパタンと弱々しく返事をしてくれました。

私たちを恋しいと思ってくれていたことが分かり、愛おしい気持ちがいっぱいになりました。

 

むさしは、今でも気分屋でした。

お腹が空いたら足元ですりすりしながら台所へ誘導。みんながいるといつの間にかいます。

いない時はいつまで呼んでもきません。

 

耳の凹み、キズは去勢の印ではなく、今年どこぞのニャンコとバトルした勲章だそうです。もうおばあちゃんなはずなんですが、今でも現役、半分野良のうちの家族です。

 

「むさぁ〜」と呼びかけると、あの時と同じように尻尾をパタンパタン。ゆっくりお返事してくれました。

私はそれを見ると、帰ってきたなぁ〜と感じます。

 

そして、昨日の最終日、おかんがアルバムやら引っ張り出しておりまして昔の写真を見ました。

母「これ、うちの母ちゃん」

半「え、なにそれ」

母「せやから、おかあ(自分の)の母ちゃんの結婚式の写真」

半「え。」

半「え〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 

見たことない。見たことない。見たことない!!

 

てっきり昔のやつは全部無くなってしまったと思ってたし、おかんも昔のことはあんま言わんかったし、聞いても◯◯のおっちゃんがな、でな△△のおばさんがな、それで◇◇のおばちゃんがなって、登場人物多すぎてよくわからなかったんです。(笑)

極論、母は兄弟と死別し苦境もありましたが、今は父といる。

この程度でした。

 

ま。まさか、実のばあちゃんの写真がずっとこの家にあったなんて。

私が産まれた時両方の曽祖父母はいませんでした。父方の曽祖父母は額におさまり鴨居の上にありましたので顔だけは知っていましたが、まさか母方の生みの曽祖母に会えるなんて。

 

写真に23歳と横に書かれていました。

33の若さで亡くなられたそうです。

もう半はその年齢を越しています。

名前は道子さん。

あなたがおかんを産んでくれた人なんですね。

初めまして、あなたの孫です。

半が今こうしていられるのも、おかんがいて、そのまたおかんがいて、命が続いていたのを見た気がしました。

 

 

ふと思いました。私のこの芝居好きは、いったい誰の血を受け継いだのやら。さらにルーツを辿るともしかしたら、芝居狂いの芸能かぶれがいたのかもしれませんねww

 

私が芝居にどハマりしていたのは、高校から第二新卒として就職するまで約8年。その後辞めたつもりもなく転職と転職の間やったり、時間と心に余裕があるときにやるというスタイルになっていきました。

 

そのどハマり時代が、この実家での生活でした。

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見たよね〜。

大学時代はバイトでモギリの(チケット切る人入り口で立ってますよね)劇場スタッフやってたから、休憩時間忘れて怒られる時もあったよね(笑)

あと自分でもやったし、呼んでも頂いたね。

楽しかったね。

 

私はアマチュアのちっちゃいちっちゃいお芝居をやっていたので、結局、劇団には所属しなかったんですね。それは今も同じか。

 

この中にあるチラシの中で今でも続いてる劇団やユニットやピンの人もいます。

 

私のブランク10数年。

そりゃ補いたいものいっぱいあるわっ。

やらんなあかんわっ。

そんな気持ちになりました。ww

 

 

今回の帰省で、芝居がらみの知り合いに、リスタートした事をカミングアウトしました。

違う土地柄やし、まだまだ制作として完成形の土台があるわけじゃないけど、報告しようと思って。

 

劇部の部長が言ってくれたよ。

0と1は全然違う。そうか。そうかって。

 

1があれば何かが産まれるかもしれない。

おかんの母ちゃんが繋いでくれたみたいに。

末は広がったり狭まったりする過程はあっても、何か痕跡が残せるかもしれへん。そこから、別の誰かに伝えられるかも。

 

私のルーツは大阪の下町育ちで私は頭も良くなかったしお金持ちでもない子やったけど、まだまだなんか、できそうな気がした。

いや、なんか続けたいと思った。とりあえずやり続けたいと思った。それが一番しっくりする気がした。

 

千葉に向かう電車の中で夕日とスカイツリーを見た。

帰ってきたんやなぁ。

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充電完了。

明日からバリバリ仕事です(笑)バリバリお芝居もやるんでよろしくです(^^)

 

 

 

 

 

 

 

文系本領発揮!半ちゃんの「よだかの星」考察(解釈) PART6!(ラスト)「ナレの正体 黒よだかって何?!」

 

こんばんわdbd半です。

GW突入ですね。

皆様はどこかお出かけしますか?

半は明日から大阪に帰省して参ります。

うちではだいたい1年に一回なので、いくと浦島太郎状態です。

大阪はめまぐるしく変わってきていますね。

今回は芝居仲間に会える予定もあります。懐かしい顔ぶれに合えるのはとてもうれしいです。

さっ行く前にこのよだかの考察(解釈)を書ききってしまおうと思います。^^

 

それにしても、やっとここまで来ました。

長くなるなぁと思いましたが、本当に長いですね。(笑)

 


これが目次最後のお題です。
⑥ナレーションは何者なのか?演劇( 朗読劇 )においてのナレーションのポジション

 

まずはいつものように、関連サイト過去ブログ、アーンド、目次です。

 

 

◆◆関連サイト及び過去ブログ・考察の目次です。★★
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よだかの星青空文庫より
よだかの星 宮沢賢治
http://reception.aozora.gr.jp/aozora/cards/000081/files/473.html
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
イメージ画像などモリモリの過去ブログ

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よだかの考察の目次です。

※すでに書いたものは過去ブログを張っていますので、どうぞみてみてくださいね^_^

目次
《長く愛される理由〜描写》
①単語、「もう」「まっすぐ」「まるで〜ように」が多い!のはなぜ⁉︎

②情景描写は五感から入る!

③色


《長く愛される理由〜ハッとする瞬間》
④よだかはなぜ星になれたのか?

 

⑤よだかの“さいご”はいつなのか?

dbd-hans-collection101.hatenablog.com


⑥ナレーションは何者なのか?演劇( 朗読劇 )においてのナレーションのポジション
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今回のお題は上記にも述べましたこちらです。
⑥ナレーションは何者なのか?演劇( 朗読劇)においてのナレーションのポジション
いよいよ演劇にがっつり組み込んだお話です。
まずは前回のおさらいから行きましょう。

※④⑤を読んでいらっしゃらない方は、長くて申し訳有りませんが過去ブログのご一読オススメさせていただきます。半ならではの解釈なので、ここからだといきなりなんでやねーんとなるかもしれません( T_T)\(^-^ )

 

では、前回までお話しした半の考察(解釈)です。

*********************************************** 

よだかはもともと純真な心の原石を持っていた。
けれども体は醜くだれもよだかを相手にはしない。
ついに鷹から脅され、死と向き合うよだか。
そして自らも殺生しながら自分があることに気づく。

よだかは、一瞬の光でも出せるなら死んでも構わないとお日様に懇願。
しかしお日様からは星に言えと一蹴される。
体は地に落ち、肉体は死を迎える。

けれどもよだかの精神は、まっすぐに自分の願いを叶えるため突き進む。
その後もひどい仕打ちを受けるよだか。
ボロボロになり傷つき朽ち果てるかと思ったその時、よだかは余計なものをさらにそげ落とし、最後の強さを見せたその時、星になるための境界線を越えたのだ。

肉体とは異なるよだかのさいご。境界線を越えることがよだかにとっての着火剤だったのだ。よだかは純粋で強い光り輝く星となった。

強い光はいつまでもいつまでも燃え続けた。

**********************************************

 

さて、お話としてはここで完結していると言っていいでしょう。
ですがdbdはやはり演劇にまつわるあれこれを書き綴っているので、お芝居の特にナレーターのお話をしたいと思います。

 


劇団AQUA 朗読劇「よだかの星」実演

お気づきだと思いますが、
先日行われた劇団AQUAさんの朗読劇では半がナレーターを務めさせていただきました。

ナレーター。
ナレーターというポジションはどうとらえれば良いのか役をいただいた時に考えました。

表現の仕方にも迷いがありました。

 

↓↓

dbd-hans-collection101.hatenablog.com

 

そして今回の結論としては朗読劇なら、より印象深くよりイメージしやすいように、強弱をなるだけつけてお芝居するという選択肢を選びました。

 

そして稽古を始めていくにつれ、台本を読み込むにつれ、半の中で一つのキャラクターが生まれるのです。
通常ナレーターにキャラクターがあるなんて演出支持がない限りあまりないように思います。というか、そんなの必要ないと思う方が普通かもしれません。なにしろ原作にこのキャラクターは存在しないんですから。


ただ、読めば読むほど、ナレーターの枠を超えて感情が生まれたのです。

 

愛おしい

よだかが愛おしくて愛おしくてたまらない。応援したくて声援を送りたくて、そして・・・・
そして、羨ましいと。


なぜこんなの風に思ったのかは分かりません。
ただ、こんなにつらい目にあって悔しくて辛くて、 だったら意地汚く相手を罵倒し非難したくなる・・それが普通なんじゃないでしょうか?

 わたしはよだかは純粋であるがゆえに、だれにも恨みつらみをださないまっすぐな美しさがよだかの星になる原石だと伝えてきました。

 

でも、よだかにそんな感情は本当になかったのでしょうか?

 

おお、よだかでないただのたかならば、こんな生なまはんかのちいさい鳥は、もう名前を聞いただけでも、ぶるぶるふるえて、顔色を変えて、からだをちぢめて、木の葉のかげにでもかくれたでしょう。

 

この台詞がすべてを表わしているようでした。

感情をこめて言えば言うほど、周りが妬ましく恨めしい卑屈な気持ちが膨らんでいきます。

 

「もし自分が本当の鷹なら、こんな小鳥どもはすぐに怯えさせ二度と減らず口を聞けないようにしてやる・・・

鷹にだって脅されビクビクなんかしなくちゃいけないんだ・・・
もし自分が醜くなく兄弟たちのように美しくきれいな声で鳴けたなら、どれだけ皆に愛されただろう・・・」

 

そう思わずにはいられません。
 
けれども、よだかはそんなどす黒い感情に囚われることなく、さらに純粋の極みへと昇っていきます。
このどす黒い感情やくすんだ気持ちはどこに行くんでしょう?

 

外見が醜く、そんな自分をいじめる奴らを憎み、どうにかなってしまえと願う自分。
他の命を食らわないと維持していけない醜い存在。
そしてそれを手放そうと決めた純粋なよだか。
愛おしいよだか。
どす暗い感情を持っているこんな自分は天に行けるはずはないと。
美しく天に昇ろうとするよだか。私がいっしょに行けるわけがない。純粋なこころをもったよだかを妬ましく思ってしまうこんな私が。


それでもキラキラ輝くよだかを愛おしく応援したくて、仕方ないのです。

よだかは私と分離した後も、純真な心で星にアタックしていきます。

その度にまだ残っていた穢れた心はそぎ落とされていきます。

苦しい。諦めたい。もう疲れた。やめたい。逃げ出したい。助けて。

星に向かって上へと登っていくたびに、そんな邪心が私のいる地上に降り注いでくるのです。

よだかの体が天に向かっていけばいくほど、私はべったりと地に張り付きます。

 

 

私は、もう一人のよだかでした。

 

 

苦しい。諦めたい。もう疲れた。やめたい。逃げ出したい。助けて。

苦々しい思いは、雨のように天から降り注ぎます。


しかし心は裏腹なものなのです。
妬ましいうらやましい心根とは別に、あの瞬間、私は心の底から願うのです。

 

行けッ行けッ 

行けッ!!
  辛いことがたくさんあった。今でもこんなにつらい。

行けッ!!

行けッ!!

  でもあとちょっと。あとちょっとでお前は変われる。

行けッ!!

行けッ!!

  お前はその美しい原石を光らせろ

  私を捨てろっ  醜い私を完全に捨てろっ

行っけぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!

 醜い心は全部私が引き受る!!!!!!!!!

 

 

 私は、諸悪の根源、実にみにくい鳥でした。

 よだかは、実にみにくい鳥です。
 顔は、ところどころ、味噌みそをつけたようにまだらで、くちばしは、ひらたくて、耳までさけています。

 

光になりたいと気付いたとき、みにくい体は太陽に焼かれ地面に叩き付けられました。
その時大きな枷が外れたのは間違いありません。
醜い体は醜い心を持ったまま見えない目でよだかの行く末を見つめていました。


純粋な心だけになっていくよだか。
私のためにずいぶんつらい思いをさせたよだか。
私は天に行けるはずもない醜い心。

どうか、よだかの小さな心だけでも。


純粋なよだかを白とするなら私は黒いよだかです。

一緒だったときは同じものを共有していたからこそ、リアルによだかのことを話すこともできるしその一部始終が分かるのです。

 

太陽に照らされた時、黒よだかと白よだかは分離しました。
気高い白よだかは、黒よだかの存在など知る由もありません。

星になった白よだかを見た黒よだかは
最後に血の付いた大きなくちばしで、確かに笑ってみせるのです。

白よだかは燃え続けました。
地に這いつくばった黒よだかがいる地上に見えるように。

いつまでもいつまでも燃えつづけました。

 

黒よだかは城よだかが星になったのを見届けた後、鷹に捕まれ自然の理の一部に還っていきます。
そのかき消される直前の概念こそが私のナレーターの存在ではないかと思うのです。

 

よだかの星の最後の文です。

 

今でもまだ燃えています。

 

きっと白よだかの姿は今でもきっと空のどこかにあります。
それが黒よだかの願いでもあり、これもまた自然の理だからです。

同じ自然の理なのに天で光り輝くよだか。

私は地に這いつくばり、身動き一つできず、よだかの光を感じるのです。


切なくて愛おしい。
半は、今でもナレーターとして「よだかの星」を読むと、胸がつまります。

きっと何度でもそうなるでしょう。

 

ナレーターはすべてを理解したうえで、このストーリーを語りだすのですから。

 

**********************************************

 

長々と綴ってきましたが、ここまで読んでいただき有難うございましたm(__)m

半はこれらがすべてつながったとか大きなハッがありました。皆様の中にもハッは有りましたでしょうか?

 

もうご覧いただいていると思いますが、良ければもう一度ご覧ください。


劇団AQUA 朗読劇「よだかの星」実演


今までお話してきて、ここまで読んでくださった方ならいろんな見方をすることができると思います。

 

半がおススメしたいのは絵を気にせずに声だけで聴くことです。
今回は朗読劇ですので、雑音も有り聞き苦しい点はありますが、画面に囚われずあなたの中のよだかが天に昇っていく姿を想像していただきたいのです。

 

そしてそれとは別でナレーター(黒よだかの)視点で、聞いてみてください。きっと今までと違う「よだかの星」を味わっていただけるかと思います。

 

 

これが、今回半がお送りしてきました「よだかの星」の結です。(^^)

我ながらたった20分ほどの作品をよくこんなに引っ張りましたね(笑)
文字に落とすのは大変でしたが、実はこの黒よだかの存在を知っていただきたくなって、この考察を書き綴っていました(笑)だって誰にも知られていない存在って淋しかったんだもん。(´∀`*)

 

 

 

良ければ皆様のご感想ご意見もお聞かせくださいね(^^)
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さいごに、先に作品をご存知の方がいらっしゃったら、こんな話なわけない!!と言われる方もいらっしゃるかもしれません。

私が今まで書いてきたのは、たくさんの考察(解釈)の中の一つでしかありません。

こういう風に作品作りをしてきましたというだけで、見ていただいたお客様のイメージが異なるのであれば、それは新しく生まれ変わったよだかなのだと思います。

 

私のイメージと皆様のイメージが違っていて当たり前だし押し付けることは有りません。いろんな「よだかの星」があればその分だけ楽しめるとおもうのです。(^^)

 

 

 


さて、冒頭にも述べましたが今週末からGWがスタートです。
私は地元関西の空気をたっぷり味わって来ますので今度は関西の空の下での投稿になるかな。(^^)
ちなみに、たくさんのお月様の動画UPはGW明けになります。
気長にお待ちくださいね★

それでは「文系半ちゃんの本領発揮!『よだかの星』の考察(解釈)は以上です。

長らくお読みいただきありがとうございました!!!!!!!!!!!

 

皆様も体調を崩されぬようよい休日をお過ごしください!!

 

↓★おまけ(先日NHKでよだかが一瞬ですが放映されていました。)

 

 

 

思ったより愛嬌ありませんか? 

 

文系本領発揮!半ちゃんの「よだかの星」考察(解釈) PART5!「よだかのさいごは別にあった?!」

 

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dbd半です。

 

いろいろ話が前後しておりますが、

よだかの星

先日やっこと動画(静止画)編集終わりました!(>_<)!!

上のフォトは今回使わせてかもらったフリーの動画の中の1ショット。半のお気に入りです。

 

まだご覧になってない方の方が多いですよね!ヽ(*^ω^*)ノぜったい見てね!

 

 

さて、勢いづいているところで、

よだかの星の考察(解釈)パート5!です。

こちらも、やっとここまで書けるぅ‼︎

 

いつものように、関連サイト過去ブログ、アーンド、目次です。

 

 

◆◆関連サイト及び過去ブログ・考察の目次です。★★
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よだかの星青空文庫より
よだかの星 宮沢賢治
http://reception.aozora.gr.jp/aozora/cards/000081/files/473.html
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
イメージ画像などモリモリの過去ブログ

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よだかの考察の目次です。

※すでに書いたものは過去ブログを張っていますので、どうぞみてみてくださいね^_^

目次
《長く愛される理由〜描写》
①単語、「もう」「まっすぐ」「まるで〜ように」が多い!のはなぜ⁉︎

②情景描写は五感から入る!

③色


《長く愛される理由〜ハッとする瞬間》
④よだかはなぜ星になれたのか?

 

⑤よだかの“さいご”はいつなのか?
⑥ナレーションは何者なのか?演劇においてのナレーションのポジション
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

さっ ここからは、かなり半ワールド爆発ですよ!!

 

こんな風に読むのは私くらいじゃなかろうかと、思います。だって、やっぱり演劇目線だからこその解釈だから^_^;

でないと、ここまで考えないというか、ちょっと無理くりじゃね?って、思われても仕方ない解釈というか。。

 

さて、今回のお題は、、

⑤よだかの“さいご”はいつなのか?です。

 

ちなみに前回の記事をまだの方は、話が続きますので、ご一読をオススメさせていただきますσ(^_^;)長くてすみません。

↓↓前回の記事↓↓

④よだかはなぜ星になれたのか?

 

よだかの星を読んだ事がある方なら、「何を言っているんだ。愚問だな。」と一蹴されそうな着眼点ですよね(笑)

 

よだかのさいごはいつなのか?

 

ええ、わかっいます。だって、文中に書いてあるんです。

 

よだかは涙ぐんだ目をあげて、もういっぺん空を見ました。

 

そうです。これがよだかのさいごでした。

 作中のクライマックスですね。

 

本番を見て、分かる通り、一番のハッがあるところです。

そして、半が、前回の記事で、「このとき生と死の境界線を越え、それが引き金となって、よだかは星になれた」と書かせて頂きました。

 

生と死の境界線。

 

結論から言います。

このような遠巻きな言い回しをしてきたのは、半は≪このとき≫が、よだかの≪さいご≫だとは思っていません。

 

 

少し、話を変えます。

 

半はね、ここのシーンとは別にもう一つ納得ができないシーンがありました。

納得というのは前回にも言いました。演者として辻褄が合わない。話が途切れる感じです。感情が流れないというか、心の動きが止まってしまう感じなのです。

 

よだかは死を決意し、最初にお日様に会いに行きます。けれども鳥仲間だけでなくお日様にも邪険にされたよだか。話が終わると夜行性のよだかは倒れ込んでしまいます。そりゃそうですよね。メンタル的にも身体的にもやられます。

夜だかはおじぎを一つしたと思いましたが、急にぐらぐらしてとうとう野原の草の上に落ちてしまいました。そしてまるで夢ゆめを見ているようでした。からだがずうっと赤や黄の星のあいだをのぼって行ったり、どこまでも風に飛ばされたり、又鷹が来てからだをつかんだりしたようでした。

 青地にした箇所。

そう、これなんです。これが、ずっと引っかかっていました。

 

なんだったら、よだかの星になった理由よりもさらに気になりました。

よだかの星は人気の作品なので、この文に関して他の人が書いているものが無いかも調べましたが、私が見た中でだと、ここに着眼している文書は見つかりませんでした。

 

ね、皆さん。

 

この一文、変じゃありませんか?

違和感がありませんか?

赤や黄の星の間を登って行ったり、風に飛ばされたり、鷹に掴まれたり。。

 

えっ?何これ?

 

星の間を登って行くだけなら、夢の中だけでも理想を叶えたのかなと解釈できます。

でも、違うんです。風に飛ばされて鷹に掴まれて。

夢が叶わず鷹に捕まった。→夢の中でも冷たい現実に戻された?こう解釈するのが一般的な気がします。

 

でも、鷹や、他の鳥は言葉や行動でよだかをいじめますが、決して手を挙げていないのです。少なくともこの時点ではまだ殴られるような具体的な乱暴には至っていません。

鷹がよだかを掴む。

とても違和感を感じます。

そして風に飛ばされたり、、。

 

なんで?

なんでいきなり風に飛ばされてるの?

今まで、風を切ってかけるよだかの描写はありますが、風に飛ばされるような羽ではありません。なのに急に?

 

メンタルがやられれば、そんな弱さを体現するような夢を見てもおかしく無いかもしれません。

ダンボやプーさんだって、おかしな夢を見ます。怖くて、恐ろしくて、意地悪な登場人物が夢の中でダンボやプーさんを襲います。

そういう類い?

 

そういう括りにしてしまっていいのでしょうか?

なんだか腑に落ちません。 

 

もう一度、本を読んで見ましょう。

 

そしてまるで夢を見ているようでした。からだがずうっと赤や黄の星のあいだをのぼって行ったり、どこまでも風に飛ばされたり、又鷹が来てからだをつかんだりしたようでした。

 

夢を見ているようでした。

体がずうっと、、、

ずうっと、、、

 

ずうっと、、

 

おかしいです。

先ほど取り上げなかった、このずうっとという言葉。

なんだか、ここにも違和感を覚えます。

 

ずうっと赤や黄の星の間を、、

皆さん、想像して見てください。

 

ずうっと赤や黄の星の間を登って行くよだかを。。。

 

 

 そして不似合いにも風に飛ばされるよだかを。

 

 

殺されるのではなく鷹に掴まれるよだかを。

 

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飛んで飛んで

 

まっすぐお日様に向かって

 

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赤や黄の星の間を登って

 

 f:id:dbd-hans-collection101:20170413122856j:image

風に・・飛ばされて・・

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鷹に掴まれる・・

※鷹が掴んでいるのは鳥さんだとイメージしてください

 

これって、これって、もしかて?

 

 

クライマックスのページめくって見ましょう。

 

夜だかは、どこまでも、どこまでも、まっすぐに空へのぼって行きました。

(略)

寒さにいきはむねに白く凍こおりました。空気がうすくなった為に、はねをそれはそれはせわしくうごかさなければなりませんでした。

(略)

寒さや霜しもがまるで剣のようによだかを刺さしました。よだかははねがすっかりしびれてしまいました。そしてなみだぐんだ目をあげてもう一ぺんそらを見ました。そうです。これがよだかの最後でした。もうよだかは落ちているのか、のぼっているのか、さかさになっているのか、上を向いているのかも、わかりませんでした。ただこころもちはやすらかに、その血のついた大きなくちばしは、横にまがっては居ましたが、たしかに少しわらって居おりました。

 

まっすぐに空へ登っていったよだか。周りには受け入れられず身も心もボロボロになります。けれども、さいごに自身の決意を持って、天にその眼差しを向けます。強く。強く。

 

 

イメージがリンクします。

 青字が中盤の文

茶色がクライマックスの文です。

 

 

 夜だかは、どこまでも、どこまでも、まっすぐに空へのぼって行きました。

  

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 f:id:dbd-hans-collection101:20170413124406j:image

 からだがずうっと赤や黄の星のあいだをのぼって行ったり、

 

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どこまでも風に飛ばされたり

 f:id:dbd-hans-collection101:20170413181756j:image

 

もうよだかは落ちているのか、のぼっているのか、さかさになっているのか、上を向いているのかも、わかりませんでした。

 

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又鷹が来てからだをつかんだりしたようでした。

 

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その血のついた大きなくちばしは、横にまがっては居ましたが、たしかに少しわらって居おりました。

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f:id:dbd-hans-collection101:20170413182234j:image

 

リンクした。

 半の中でハッが光った瞬間でした。

 

 

皆さん、半が言いたい事、お分かりでしょうか?

 

ここであえて言いますが、これは役者_半から見た「よだかの星」の解釈です。

 

 

***********************************

よだかは醜い鳥でした。

けれども実は純度の高い星の原石を持ち合わせた存在でした。ただそれは誰も知りません。よだか自身さえ知らないことです。 

皆には意地悪なことを言われ、名前が一緒だからと鷹からは脅され殺されそうになります。

その夜、殺されそうなよだかは、自分も虫を殺してこの世に生きていることに気づきます。

 

よだかは、弟のかわせみに別れをつげて、どうせ命を落とすなら一つの小さな光を出せるだろうとお日様に自分も連れて行ってくれと懇願します。

 

それは夜を生きるよだかにとって容易なことではありません。

お日様はくらくらするほどまぶしく飛んでも飛んでも遠ざかっていきます。やっと声をかけてもらったと思ったら、

”星にいってみろ。お前は夜の鳥なのだから"と辛らつとも慈悲ともとれる言葉を浴びせられます。

 

力尽きて葉っぱの上に落ちていくよだか。

よだかは夢を見ます。

けれどそれは夢だったのでしょうか。

朦朧とする意識の中、赤や黄の光が見えます。体は風にあおられ地に落ちていきます。

体は傷だらけになり嘴には血が付いています。

ももう動かすことはできません。

そうこの時よだかの体は死に直面していたのです。。

断片的に見える景色は、もう動かなくなった自分の体をあの鷹がつかんでいくところでした。

 

けれども一方で、よだかの精神は、折れません。

お日様に教えてもらった通り、お星さまを訪ねます。

 

「連れて行ってください」

 

断られボロボロになります。くじけそうになる心を何度も何度も奮い立たせ飛び回ります。

その度にひどいそしりを受けながらよだかは最後の最後までよだか、あきらめませんでした。

 何度も何度も。

 

そしてなみだぐんだ目をあげてもう一ぺんそらを見ました。

 

この瞬間、よだかは生と死の境界線を越えたのです。

よだかの着火線に火がともりました。

 

そうです。これがよだかの最後でした。

 

よだかの体に火がともり、一気に全身にその火は一つの強い光になります。 

 

よだかの肉体的な死とは別に、精神的な決定的な何かを超えたのです。

これが半が思うよだかのさいご-境界線です。

つまり、よだかは肉体的な死と精神的な(境界線)を超えること、この二つがよだかにとってのさいごだったのではないか、半はこう解釈しているわけです。

 

***********************************

いかがでしょうか?


ひどい考察ですね。(笑)。無理矢理にもほどがある。
でも、こう思った瞬間、すべてのパズルがハマった感じがしたのです。

 

 

ところで、よだかの星の動画UP作品はご覧頂けましたでしょうか?

 


劇団AQUA 朗読劇「よだかの星」実演

 

少しネタばらしをしますと、
半には上記のイメージがありましたので、静止画での編集でしたが
この辺りをどうしても編集で表現したくよだかの絵の周りをオレンジで覆いました。


夢を見ているよだかのところとラストのシーン2つに。

スキルが乏しい上に編集ソフトはスペックが高いものではないので、半なりのささやかな演出(抵抗)でした。

このオレンジというところにも、なぜかこだわりがあって、赤よりもオレンジの方がどす黒い気がしたのです。見ていただいた通りきれいな塗り方はしていません。


迫って狂うオレンジ(死)に囲まれ、よだかはもう逃げるところはないのです。

血を連想する赤を使わなかったのは、この時よだかの心はまだ生きていたと思ったからかもしれません。
露骨な赤よりもよだかの死を表現するのはオレンジだと思ったのです。

 

ただただ純真なよだか。

周りからは忌み嫌われていた外見。どうしてこんな風にならなければならないんだと、負の心を呼び寄せるこの体。
生きるために他の誰かの命を奪い続ける汚らわしい体。

肉体から解放され、醜い自分から解放されたことで、星と対話し、さらに純度の高い存在へ昇華していくのです。
 

蛇足ですが、ここで勘違いしないでほしいのは、この時よだかは自ら放棄して太陽に焼かれたのではないということです。
純粋な心を持ち続けたよだかは、その過程で肉体から解放されていただけに過ぎないのです。

自ら死を願っていますが、「死にたい」わけではありません。


「星になりたい」

「一瞬だけでも輝きたい」

 

それに尽きるのです。

その心の真ん中にある高純度な気持ちの原石が研ぎ澄まされ、よだかの本当のさいごが訪れるのだと私は解釈しています。

 


皆さんにもありますよね?


皆さんの心にもきっと、
純度の高い純真で穢れのない思いが。

 

よだかは鳥で創作物ですが、決してよそごとではありません。

少し曇っていたり、隠れちゃったりしているかもしれません。
でも、必ずあなたの心の奥底にもピュアで誰にも汚されることのない唯一無二の宝物がそこにありますよね。

 

よだかは、私たちの心の本当にきれいな部分を投影して、罵られ傷つけられても誰にも汚されることなく、かえって強い光となって輝き続けるのです。

よだかの星」は最後にこう綴られています。

 

そしてよだかの星は燃えつづけました。いつまでもいつまでも燃えつづけました。


今でもまだ燃えています。

 

 

 

 

 

さ。今回はこの当りで区切りをつけますね。
次回、よだかの考察(解釈)もラストになります。

是非、最後まで完読してくださいね★

 

 

__________________________________

今回の考察に関して、ご意見ご感想よろしければお聞かせください。

ご了承を得ずにネット上でUPはしませんのでご安心ください。

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半の夢 *劇場へ行こう*

こんにちはどうもdbd半です。

 

創作意欲が止まりません。
やりたいことが多すぎるのです。

しかし体は一つ。時間は有限です。

このブログも書きたいネタだけでいえば、下書きを含め10個くらいは有ります。

筆が遅いのと、まとまりきらない内容でボツったのと、書いている間に次の気分に移行してしまい別のお題に移ってしまった、そんなものが多数です。

 

とは言いつつ、形にしていかなければ案はどんどん溜まる一方。
少しずつですが、書いていきますので引き続き、ご覧いただければと思います。

 

さて、この一年活動していて、演劇の多様性をとてもよく感じます。
ゲキ×シネ(舞台を映画館でリアルタイムに視聴する)や舞台のをネット配信、アニメ(漫画)とコラボ企画(舞台化)などなど、アマチュア内でも、私が所属する劇団ギルドわむさんのようにお芝居の小企画を運営できるシステム作りをされていたり、つい先日はりろぷらさんが主宰する逆オーディションというのもお見かけしました。(劇団が人を選ぶのではなく、人が劇団を選ぶという逆転の発想から生まれた仕組みです

 

そのほかにもいろんなジャンルが増えていますね。

 

私の最盛期でいくとやはり舞台は小屋ありき。
見る側は劇場に足を運んで、作品を隅々まで楽しむ。
それが当たり前でした。

 

もちろん今でも健在ですよね。
ですが、存在自体が弱小の小劇場、特にアマチュアは形を変えようとしています。
形を変える事で生き延びようとしています。
結果、劇場離れになっていることは否めません。

 

私は、それは進化だと思っています。
環境と現状が合わなかった生物たちは、自然に適応するために形を変え思考を凝らし
今現在の姿を形成しています。


コストのかかる劇場から離れ、だれでも気軽に手軽に楽しめる、多くの人の目に触れてもらえるように形を変えようとしているのです。

 

少し歴史を振り返ってみると、
出雲阿国から女歌舞伎が生まれ、風紀を乱すと圧力をかけられ、けれどもそこから若衆歌舞伎が生まれたそうです。
さらにこの若衆歌舞伎ですら風紀を乱すと言われ今度は野郎歌舞伎が生まれました。それが現在の『歌舞伎』につながるそうです。


これらと同様に、苦境になればなるほど、それを絶やさないよう模索するのは芸術を志すものの性なのでしょう。

 

それで良いと思います。
形を変え新しいアイデアが生まれ新しい面白さが生まれ、新しいお客さんも増えてほしい。
今小劇場というジャンルで活動する芝居人が、手を替え品を替え、継続できる環境を模索しています。

この現状を私は応援せずにはいられません。


私自身も劇場という小屋を離れての活動がメインになっています。
私も新しいジャンルに進化する必要性を感じたからです。


ですが・・・。
劇場の小屋が好きな私としてはさびしいし、
いつか<そこに>還りたいと思っています。

むしろ、それが私にとっての目標なのだと思います。

なんでかって?


劇場の≪空間≫は特別なのです。


テレビでも、動画でも、朗読だけでも、お芝居はできます。
ええ、そうです。

多様性を求めています。
それでいいんです。

いろんなコミュニティが増え、つながり方も少し前とは異なります。
時代です。
時代の流れです。
私たちは時代の流れで変化している一部分にしかすぎません。

 

でもね、

私の作品の真ん中に、私の心の真ん中にあるのは劇場の景色なんです。


なんでこんな話をしたくなったかというと、
年末のUP作品「外郎売り」


dbd第3弾 「外郎売り」 朗読劇  201612

 

やAQUAさんの作品で客演として


劇団AQUA 朗読劇「よだかの星」実演

『朗読劇』をしましたよね。

 

私の知る限りですが、声優さんブームもあり『朗読』というジャンルの公演も
増えているように思います。

 

そこで思ったんです。
『朗読』と『朗読劇』何が違うの?


字面でいえば劇が付いているか付いていないかですよね。
『演劇』という文字列でも『演』と『劇』ですよね。

『演』じるのはどこでもできるし、演技ができれば何でも有りだと思います。

声優さんでも、俳優さんでも、スーツアクターでも人形使いでも役者で演者です。

 

でも『劇』は?

私がやるのはお芝居ですが、やはり『演劇』なんだと思いました。
『朗読』ではなく『朗読劇』なんです。


私の動画作品の中ではいつもこう叫んでいます。

「皆さんに、劇場にいるような空間の断片だけでも味わってほしい!!


劇場でやれば、もっとすごいんだよ!!こんなもんじゃないんだよ!!


全身が総毛立つ、この瞬間をたくさんの人に知ってもらいたいんだよ!!」

 


私は時間制限もあるし私が使えそうな小劇場の劇場は千葉には有りません。

それでもお芝居の演劇の面白さを伝えたいのです。
そうして現状としては今のスタイルになっているだけなのです。


そして、いつか、何年先でも構わないから、
思いっきり舞台で暴れてやりたいと思っています。
キラキラ輝くライトの中、自分が思いっきり満足して走り切れるような武者震いが止まらないような舞台です。

それが私の夢です。

 

私が満足する舞台の板に立つのはまだまだ先でしょう。

それでも、見る人が抵抗なく劇場に足を運んでもらえるようにお手伝いできれば私はとても嬉しいのです。

 

簡単に劇場に行ってほしいと言っても、いざ見てみると、時には失敗したという作品に出会うこともあるでしょう。
金返せよ。時間返せよと、毒づきたくなる作品も残念ながら山ほどあります。

 

でも劇場の空間はやはり特別なのです。
暗幕の黒から生み出される無数の作品。

 

ゼロに近いところから演劇の作品は生まれます。

完成形を私たちは目指します。
でもアマチュア演劇だからこそ味わえる、形の悪い造形作品も味わいがあったりそこにしかないぬくもりもあります。

 

すみません!!(><)!!

もう!!ぶっちゃけ、おもんない作品は目をつぶってください!!!!!!!!!!!!

あやまります。
質が悪くて済みません。おもんなくてすみません。お金と時間もらってすみません。

でも、私たちにお芝居をやらせてほしいんです。

 

お金がないと、時間がないと、お芝居は作れません。

 

他にもっとお金を使う有益なものはたくさんあると思います。私自身大金ならどうぞ被災地の方や困っている方に寄付したりして使ってくださいと思います。

ただ、そのたくさん使う中での忘れていたお小遣いくらいで構わないんです。

その分たくさんの方に知ってもらいたい、見てもらいたいんです。

 

お金を○○○○払っても構わないくらいの価値のあるものを作ればいいじゃないか。なんて卑屈なんだ。

 

そうおっしゃる方もいらっしゃるでしょう。

おっしゃる通りです。その通りなんです。

 

でも、ドラマや映画などで完成度の高い作品を見られてきた大勢の方にとって、アマチュアが演じる作品ははっきり言ってハードルが高いです。

 

きれいごとは言えません。お金もない。時間もない中で作る素人の演劇が、元々才能とセンスと運を持ち合わせ毎日毎日何時間も演技をしたり、見られることを当然としてきた人たちにかなうはずがあるでしょうか??

それができるのは、一部の劇団、一部の作品、一部のシーンになるでしょう。

 

そんな私たちが、本番を迎えるということは、それまでの数か月の集大成です。

結果の賛否両論は皆様の貴重なご意見であることは言わずもがなです。
お客様のご意見に対してああだこうだ言う人は演劇をやめるべきです。

ただ、結果上手くいかなくても、つまらなくても、心中面白いもん作りたいんだ!と思っている演劇人がほとんどです。


だからこそ手を替え品を替え生き延びる手段を模索し活動しています。
次こそもっと良い物を作ってやろうと考えている人がほとんどです。

 

だからこそ、一人でも多くの人にお芝居に演劇に触れてほしいですし、一回で懲りずに何度でも劇場に足を運んでほしいです。

お芝居関係者の方はもちろん、そうでない方にも発信していきたいわけです。

 


すみません。話が転び転びしながら、勝手に激アツなトークになっていきましたm(__)m

 

(-。-)y-゜゜゜


次はどんな作品を作りましょうか。
今AQUAさんでやらせていただいた「たくさんのお月様」の編集中です。
編集中ですが、もう別の作品のことも考えてしまいます。

よだかの星」の考察も途中ですが、必ず書き終えますので、お待ちくださいね。

 

dbd半のこれからの進化の過程を見届けていただけると嬉しいです。

 

では、また。