dbd-hans-collection101のブログ

さぁ、世界をつくろう。 人生には刺激が必要だ。 芝居人の半としていろいろ書き綴って参ります。

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孤独じゃない夜

ツイッターではしゃいでいましたが、今晩初めて千葉の演劇仲間と夜のお遊び、飲み会に行ってまいりました。

dbd半です。

 

 

かれこれ2ヶ月くらい前からの予定です。

 

楽しみじゃない訳がありません。

 

ただ、もうここ一二週間、仕事は落ち着いているのに、家の予定や芝居仲間の衝撃告白もあって、内面的にはかなりばたついておりました。

 

でも、今日は、私が私らしくいられる時間でした。

芝居のあれこれを話したり聞いたりしているだけでも、楽しい。

なんでこんなに楽しいんだろ?

 

私はね、演劇の中でたくさんのジャンルがあるんですが、小劇場というジャンルが好きなんです。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/小劇場

衝撃を受けて、自分もやろうと思えたのは小劇場だったし、私がいまやっているのも動画や小説化したりしていますが、ジャンルは間違いなく小劇場なんです。

なんだかっていうと、小劇場って、お客さんと近くて、なんでも有りなんですよ。

どんな事をやっても、それが見世物として成立しているなら、やり方はアイデア次第で、どんな風でも表現が許されるんです。

 

だから、頭の中はいつだって柔軟にしておかなくてはいけません。凝り固まった頭の中では、不可能がいっぱいだから。

 

そうじゃない、そうじゃないんです。

 

同じ台本でも、100人いれば100通りの解釈があって100通り以上の演出ほうほうがある。

1000人いれば、1000以上の解釈と演出方法がある。

しきたりや、上下関係とか、規律とか、そういった演劇は古典演劇の分野で引き継がれていることでしょう。

 

小劇場は違う。

自由なんです。

なんでも有りなんですよ。

 

劇団の組織のあり方も、運営のあり方も、10000人いれば10000人のやり方で良いんです。

 

人は何かに許しを求めていると思います。

肯定です。

演劇の中では、他者に対して批判をぶつける人がいます。

作品に対してではなくて、演劇の仕方や、仕組みに対してまでも。私には全く理解できないのです。それぞれが模索して自分なりのアンサーを見つけたのなら、それが良い。

アドバイスや提案はわかります。でも、「お前のはアンチ演劇だ!!」なんて言われたら、きっとショックだと思います。不幸中の幸い、半に直接それをおっしゃる方は現れてはいませんが、そういう考え方を持っていらっしゃる人がいるのは、分かります。

 

 

演劇は、いろんな意見や要素が入り混じっていて、個人の感想があるからこそ、新しいものが産まれます。

いろんなアイデアや考え方を聞くことで、それもまた良いと思えるからこそ楽しいんです。

演劇は、私たちの「こんなんでも良いかな?」を全て受け入れてくれるように思います。

 

今日来てくれた仲間の話は、私と同じことを思っているところもあれば、違うところもあって、それがまた良かった。

 

 

夜の帰り道、千葉で、こんなに心地いい風に吹かれたのは何年ぶりでしょうか

f:id:dbd-hans-collection101:20170722003602j:image

 

夜中に一人で帰るのに今日は寂しくありません。

 

付き合ってくださったお二方、ありがとう。(^^)

 

そして、演劇人のあるあるだけど、ラストオーダーまで、でかい声でハイテンションな面倒な客だった私らなので、利用させてもらったお店に感謝しつつ。

 

 

今日の余韻を楽しむ半でした。

 

 

ショートストーリー「マジシャン」

どうもdbd半です。

皆様暑いですね。
今、半は物書きモードのようです。

そして、伝えたいことが湧いてきました。
昨日に引き続きストーリーでお届けします。


*****************************


「マジシャン」   2017/07/21  dbd 半

 

 

そこに立っていたのはシルクハットをかぶった変な男だった。

彼は自分のことをこう紹介した。
「私はマジシャン」


変な奴だった。
何をするわけでもなく突然現れたかと思うと私のそばをつかず離れずにいた。
時々、おしゃべりもしたけど、大した話はなかった。ただ、細い目で口元はいつも笑っていた。

マジシャンなんて言うけどすごいテクニックなんて一つもなかった。

私は奴に、「マジシャンなんて言うくらいなら、手品の一つも見せてよ」と言うと、
百均にでも売っていそうなステッキを使って、自然には絶対ありえない色の花らしきものを出した。

「そんなの誰でもできるわ」と言ってステッキを取り上げ同じようにステッキを振り回してみた。
仕組みはいかにも単純で、左手を前に出して意識をそっちに向かせている間に右手のステッキをぐるりと回転させる。
遠心力がかかり重心が端に傾けばステッキの中に仕込まれた花が飛び出す、子もでもできる玩具だ。
のはずだった。なのに、出ない。
何度も振り回し、ステッキの中を覗き込んだが、仕込まれた花は出てこなかった。
私はぶっきらぼうに
「こんなの誰も喜ばねーし」
と、悪態をついた。
マジシャンなんて怪しすぎるし、こいつ自体うさん臭すぎる。
やっぱり、近づきすぎるのはやめた。
変な奴はどこにでもいる。そういうやつには近づかないのが身のためだ。

 

しばらくして一週間で一番嫌な曜日がまたきた。
こんな日はなくていいのに。
どうして、毎週毎週この曜日は来るんだろう。
水曜日は母との面会日だ。

母と言っても、私はこの人を母とは思っていない。
私を憎んでいる人だ。
母は父に捨てられ、だんだん父に似てくる私を心底憎んでいる。
私はいつも父の代わりをやらされる。
「あんたのためにすべて捨てたのに」「私を裏切った、この裏切り者」と罵られた。
もちろん周りには見えないように。
どうして、国はこんな日を設けるんだろう。
これに、何の意味があるんだろう。

母は時に手を挙げることもあったけれど、大きくなった私にはさほど痛みを感じなくなっていた。

帰り際、私はいつも通り良い子を演じる。
「母さん、またね。元気にすごしてね」

当然ながら、そんなことは微塵も思っていない。
手続きを済ませ、いつも通り、施設を後にした。

私はバス停に行き、自販機でジュースを買った。ここは山奥でバスは1時間に一本程度。
バスを待つのは私しかいなかった。
自販機の光に集まる蛾がひどく鬱陶しかった。
私は無自覚に自販機に蹴りまくっていた。バンバンという音だけが心地よく響いた。

理由なんてない。ただそうしたかっただけだ。目の前に蛾がいて鬱陶しかった。それだけだった。
きっと犯罪をおかす人間は私みたいな人間なのだろう。
私は頭のどこかで、自分はおかしいことを自覚している。犯罪者は何かの拍子に一瞬で線が切れて、ところ構わなくなっただけの話だろう。
だが私はまだ人の目を気にするし、めんどくさい事は嫌いだ。
でも、「今はまだ」というだけなんだろう。きっと私は、変なんだ。

自販機は私の足より固いからそれほどのダメージはないように思えた。取り出し口のふたははひび割れて一部粉々になって、ちょうどロゴのあたりに大きな凹みができた。それを見て私はよくわからない優越感みたいなものを感じた。
足の脛の方にが痛みが走った。取り出し口のひび割れたところが私の皮膚を裂いたのだ。
痛い。そう私はまだ痛みを感じられる。
この痛みを感じなくなった先には、私はきっと向こう側に行ってしまう。
いや、その時はきっとこの痛みが快感になるだろう。
私の体はそれを予感していた。


傷口を拭き、血の付いたハンカチをしまい、身なりを整え直してバスの時刻表に目をやった。
するとその奥に自称マジシャンの姿が見えた。


そうだった。こいつがいたんだった。


でも、こいつは何もしない。ただいるだけだ。
こいつに見られていようが、誰もこんな奴の話なんて耳を傾けないだろうし、私のこれからに何の支障もない。


もう一度見直す。奴は変わらずこっちを見ていた。
無視をすればよかった。
それなのに、やつの口が気になった。

いつものシルクハットに笑ったように細い目だ、でも口元はいつものように笑っていなかった。
そしてずっとこっちを見ている。

「なんだよっ」

私は今までに発したことがなくらいドスをきかせた声で、言い放った。

やつは、少しずつ距離を縮めてきた。


「なんだよぉっ!きもいんだよっ!お前なんかに見られても何にもないんだよぉッ」

やつはさらに近づいてくる。


「はっ、なんだよ、あぁ、お説教か?それともあきれてんのか?かっこわりぃとか思ってんだろ。
お前なんかに、なんか言われる筋合いなんてないんだよ!」

やつは黙っていた。

「あぁ、そうか同情ってやつか。そうそ、俺ってかわいそうな奴なんだよ。
親からは虐げられて、だれも助けてくれない。行き場のない憤りだよ。
だから仕方ないだろう。自販機なんてなんだよ。別に生き物殺してるわけじゃないだろう。
物損だとか言うなら、あとで弁償すれば良いんだろう。思春期なんだよ。
こうでもしないとどこにもウサを晴らすとこなんて無かったんだよ。
かわいそうだろ。だから、こんなのなんて大したことないんだって」


それでもやつは何も言わなかった。


私は苛立ちを覚えていった。
「なに、ずっと黙ってんだよ。なんか言えよ!!」

奴との距離はもう一歩位しかなかった。
そして奴はこういった。

 

 

 

「君を助けてもいい?」

 

 

 


身震いがした。
なに言ってるんだ。助けてもらう?何に?何から?あの母親からか?
いい子ちゃんを求める世間からか?こんな風にした世の中からか?
足元から震えがきた。何をされる?怖い。どうしたらいい?
奴が手を伸ばしてきたが、私は一歩も動けなくなっていた。
こんな奴に私を助けられるわけがない。何も知らないくせに。何も知らないくせに。何も知らないくせに。


奴は、両手を広げて、私をぎゅうっと抱きしめた。
もがいてもあがいても、蹴りを入れてもその腕はほどけなかった。
なんなんだ。何してやがるんだ。やめろッやめろッ。

私はできうる限りの力を振り絞って奴の腕を振りほどこうとした。
けれど、何をやってもダメだった。こいつ、ただ見てただけで腕だってこんなに細いのに、どうしても抜け出せれない。

 

初めての感触だった。
足掻きながら、人の腕の中で、人の体温を初めて感じた。
こんなに人はあたたかいのか?
こんな風に包まれても良いのか?
安心してもいいのか?
他人にゆだねてもいいのか?
私は一人じゃないのか?

 

「俺は・・・俺は・・・」


奴は何も言わなかった。
ただ、どんなに暴れてもダメで、そのうち私は周り目も気にせずに咽び泣いていた。


頭の中でぐるぐると昔のことがよみがえってきた。
何度も殴られて、それでも母と呼ぶ人に縋り付いたこと。
誰かに助けてもらいたくて、裸足で家を飛び出して、でも誰にも何も言えずに家に帰って、また殴られたこと。
悩みなんてなさそうに笑う同級生たちの顔。
いい子だねぇと無責任に言ってくるおばはんたち。
鏡を見る度に会ったことのない父親のことを考えて吐きそうになったこと。
他人は信用しないと何度も呪文のように繰り返し言ったこと。
自販機を蹴りながら「俺って、かっこわりぃ」って本当はずっと思っていたこと。

 

本当はいつも思っていた。


誰か、ここから連れ出してください。
誰か、安心して眠らせてください。
誰か、私を受け入れてください。
誰か、私を一人にしないでください。


私は、これ以上行きたくない。

 

これ以上、感じない人間になりたくない。
このままいけば、俺はきっと生きているものを殺しても感じなくなる。
そんな人間になりたいわけじゃないんだ。
本当は上っ面じゃない、心から笑いたいんだ。本当は・・本当は・・・

 

 

 


私を・・助けて・・・

・・・・・誰か、私を・・・

 


          ・・・・助けてください。
                ・・・止めてくれ。

 

 

 

 


自分の体温と奴との体温が同じくらいになっていく。
心がほどけていくのを感じた。

 

 

 


俺が落ち着きを取り戻し始めると、軽く押しただけで腕は離れた。
あのとんでもない力は何だったんだ。
奴は、小さく「イッツマジック」と言い放った。
目は細くて、今まで見てきた通りの口元に戻っていた。

「お前、、、何もんだよ」
私は呆然とした頭でまだ整理のつかないまま聞いた。

「私はマジシャン。君を助ける魔法をかけにきたマジシャンだよ」

 

 

自称マジシャンはそれからすぐに消えた。
どうやら次の仕事が見つかったらしい。
やつのシルクハットとあの細い目と笑う口を見ないですむなら、こっちはせいせいする。

出発する前に、また会うことがあるのか聞いてみると、
やつはいつも以上ににっこりと笑って見せただけだった。

 

 

 

あれから数年経った今でも、私はあのぬくもりが体のどこかにあるのを感じている。

私は向こう側に行かずに済んだ。

怪我をすれば痛みを感じる。誰かを傷つければ悲しくなる。
誰かが泣いていれば、助けたくなる。声をかけたくなる。

そして今は、泣き方も忘れた子には私のマジックを見せたくなるんだ。
シルクハットをかぶり変な花の出るステッキを持って。

 

さぁ、最高の魔法をかけよう。
自称マジシャンがお送りする、最高の贈り物。

 

 

今度は君に届けよう。


*****************************

 


ニュースを見ると、悲しい事件が多いです。
その人の苦しさはその人しかわからない苦しさです。


私はお芝居を通して、メッセージを届けたいと思っています。
それは、「生きる事の楽しさ」です。

劇場でする演劇はすぐにはできません。
でも演劇は見せ方や演出次第で不可能を可能にします。
要は、なんでも有りなんです。

今現在、先が見えなくて、暗闇の中にいる人もいるでしょう。
自分の力じゃどうしようもなくって、苦しんでいる人もいるでしょう。

私に何かができるはずもありません。
私にすごい力があるわけでもありません。
このマジシャンも何のマジックもできません。


出来るのは、だれでもできる事だけです。
私は苦しんでる人に何もできないけど、
マジシャンを通して、誰かをぎゅうっと抱きしめたくなったのです。


ただ、ぎゅうっとするだけです。
誰かに私の温度を伝えたくなったのです。
ただ、ぎゅうっと、するだけです。


そして一つご提案です。
もし読者様が身近に愛おしい存在があるのに
伝え方が分からない方がいらっしゃれば何も言わず抱きしめてあげてください。

それで問題が解決することは、とても少ないでしょう。
でも心が近ければ、しないよりも伝わりやすくなると思うんです。


簡単にできないですけどね(^^)


どうか、一つでも悲しい出来事が起こらなくなりますように。
負は負の連鎖を起こします。
でも逆だって起こせるはずです。
正の連鎖。私はそれを信じたいと思います。

マジシャンには誰だってなれます。
最高の魔法をかけられる最高のマジシャン。

どうか、悲しい事件が無くなりますように。
どうか、悲しい心が救われますように。

祈りを込めて。

 

ショートストーリー「Another」

こんにちはdbd半です。

 

わむさんの稽古場では時々「テキスト」をやります。

あらすじだけを把握して、即興でストーリー組み立てるのです。

その題材に使われるのが

星新一 - Wikipedia

のショートストーリーなんですが、

なんとなくその影響で書いてみたくなりました(笑)

 

半には珍しくダーク系です。これも星新一の影響かしら?

いや、勝手に影響とかうけると失礼かな。

ま、とりあえずアップします。

 

*******************************

「Another」             dbd 半 2017/07/20

 

つまづいた。

 

何につまづいたんだろう?

 

今石ころのようなものを蹴った気がした。

でも違うかもしれない。

誰かに足を引っ掛けられたのだろうか?

 

ううん。違う。

もっと昔。

私がもっと若くて、選ぶ道がたくさんあったころだったかもしれない。

 

あの時、もし別の道を選択していたら、こんなことには。

 

 

 

目の前には知らない人がいる。

知らない人がなれなれしく私に話しかけ、体に触れてくる。

 

気持ち悪い。

 

今しがた大好きな赤い飲み物を飲んだはずなのに。

あれは特別な時にしか飲まないようにしているのに。

 

この人といたら、せっかく飲んだ美味しい味を忘れちゃう。

 

どうして私はこの人と腕を組んでいるんだろう。

 

何も感じない。

 

いいえ、嫌悪感はある。

 

 

 

車のライトが私たちを照らした。

一瞬ショーウィンドウに腕を組んだ私たちが浮かび上がった。

 

 

映し出された自分と目が合う。

 

どうして?

 

どうして、私は笑っているの?

 

もう一度隣にいる人を見てみる。

 

知らない。

 

この人は誰?

 

どうして私はこの人と笑いながら話しているの?

 

何を間違えたの?

 

どうして私はここにいるの?

 

 

私が何かを話して、信号のところで立ち止まった。

隣にいた人は少し名残惜しそうに信号を渡っていった。

私は微笑みながら手を振り彼を見送り、見えなくなったところで、きびすを返した。

 

 

誰も知らない。

「私」の存在。

まっすぐ別の男の人に向かっていく私でさえも、この「私」の存在を知らない。

 

 

訳も分からなく涙が出た日があったならそれは私が泣いた後。

急に赤い飲み物が飲みたくなったらそれもやっぱり私の衝動。

 

 

誰にも気づいてもらえない「私」という私

 

ねぇ、もし、急に変なことをしたらごめんなさい。

それはこの子のせいじゃないの。

もしそんなことをするとすれば、そうそれはきっと私のやったこと。

 

 

何をするって?

そんなの見当もつかないわ。

でも、その時が来たら、私はやるわ。

 

だから、いつ前に出るか分からないから、見くびらないでね。

 

 

 

でも、もし、そうなったら、さっきの人と話をすることもできるのかしら?

そうして、さっきと同じように別れ際に名残惜しそうにしてくれるかしら?

 

私はその時何を感じるのかしら?

 

 

 

あなたはどう思う?

 

 

 

*******************************

 

 

 

 

 

 

 

くらいですねぇ~こわいですねぇ~

でもこれくらいの<もの>は、女性なら持ってるんじゃないかなぁと思いました(笑)

女は複雑ですから(^_-)-☆

 

気が向いたらなんか他にも書いてみようっと♪

半、カタルシスを語るっす。

ふと出てきた言葉
「演劇は、特に演技はメンタルの解放の意味があるからね」

芝居仲間とラインをしていた時に出てきた言葉です。
先日より、少し役者の分野とイメージの分野を考えている半です。

どうもdbd半です。
今日は珍しく半仕切りのお稽古を1時間弱ほどする予定があります。

そこで前回に引き続き「役者とは」ということについて考えていました。
どうして演劇にこれだけハマる人がいるのか?
半もアマチュアではありますがその一人です。

その魅力に関しては個々に答えがあるとは思うのですが
その一つは、上記に挙げた「メンタルの解放」というのがあると思います。

皆さん、カタルシスって言葉ご存知ですか?
http://d.hatena.ne.jp/keywordtouch/�����륷��

こちらにもあるとおり

[引用]
文学作品などの鑑賞において、そこに展開される世界への感情移入が行われることで、日常生活の中で抑圧されていた感情が解放され、快感がもたらされること
(略)
最も一般的な理解では、悲劇を見て涙をながしたり恐怖を味わったりすることで心の中のしこりを浄化するという意味。


泣くことや笑うことってなんかすっきりしますよね。(^^)


演劇というのは、そういった浄化作用があります。
そして役者というのは、この浄化作用を強く求める人間ではないかと思うのです。


社会において、生きることはストレスフルです。
会社の抑圧。家庭での抑圧。交友関係の抑圧。

自分の思い通りにできるストレスフリーな人は、そうはいないでしょう。
他の人から見れば、ストレスフリーに見えても、抑圧された個人が感じるものは必ずあります。


役者というのは、実はとても常識人だと半は思うのです。
だって、こころのうっ憤や嘆き、抱えきれない衝動、それらを現実(リアル)に出したら、どうでしょう?

明らかに『狂気』です。

でも、人の心ってそんな狂気が全くないってことなくないですか?
誰しも、心のどこかで、
「もっとこうしたい」
「こんな自分じゃない」
「こんな風になりたい」
「こんなことを言いたい」

そういう現実離れした心のわだかまりはあると思います。

役者は、いろんな役をやることで、己自身でカタルシスを引き起こし心の浄化を行えます。
もちろん場所をわきまえ、やっても良い環境の中で行うのです。
そういったことをお芝居というカテゴリーでは許されるものです。
お芝居の中だからこそ、そこに行けばいくほど、他者から認められ絶賛されるのです。


ただ、そのマインドコントロールをするのは、自分次第になります。
時々マジにトランス状態になる人や過呼吸を引き起こす人もいます。

その調整ができてこそ、役者としては一人前なのだろうと思いますが
そこは私と私の周りはアマチュアだし、先の話だとは思っています。

ただ、そのほんの入り口
カタルシスへのほんの入り口、ちょっぴりとした心の浄化を味わえたなら
たぶんその稽古はきっと成功なんだと思います。


タイトルに「カタルシスを語るっす」なんて書いていますが(語呂が良くて言いたくなった(笑))、カタルシスについては、まだまだ語りきませんが、役者とカタルシス、演劇とカタルシスは切っても切れないものだと思います。

今日の稽古に演劇の楽しさ、演じる事の楽しさのほんの入り口にご案内できたらと思います。(^^)
ま、小一時間ほどだしね。

いっちょ行ってきます。

役者 半

こんにちは dbd半です。
昨日は朗読劇「たくさんのお月さま」公開お知らせブログを書かせていただきましたが、
今日は役者の話です。
まだ見ていらっしゃらない方、たくさんいらっしゃると思います。ww
昨日の今日だしね。お立ち寄りのついでに、是非、昨日の記事も見てみてください(^^)
記事内に動画リンク貼らせていただいております。



さて、ころころお話が変わって申し訳ありません。
日々アンテナを張って、これイイナと思うものをブログらしく記録すること、そしてぜひ皆さんにも共有したいと思っております。

というわけで、今日は久しぶりに役者のお話。
役者の皆様、体、鍛えていますか?

本業でもないし、私も趣味の範囲だし、他にもやりたいこと盛りだくさんのため、日々の鍛練は疎かになりがちです。
前にやった稽古で片足立ちした時にどうしても足が震えるようなことがありました。今日ラジオ体操中にふと思い出し、体幹鍛えられてないぁと思って、またパソコンでカチカチ調べておりました。


その中でもハッとするものがありましたのでご紹介させていただきます。
ハッというのは、「よだかの星の考察」ブログでお話しさせていただきました。
なんか良い!ぐっとくる!その瞬間に感じる"ハッ"とする何かです。


こちらはバレエの先生が書かれているブログのようです。

足が 波に揺れる船のように左右に大きく揺らいでいるのです
そして上にある身体全体を支えようとがんばっています
それでもバランスはとれるのですが 不安定感がありますよね
様子を見ながら なんとな~く口をついて出た言葉は
「足裏じゃなく 足首でもバランスがとれるよ」でした
「首が楽で頭が動ける」をお願いしながら
くるぶしのあたりでバランスをとれることを思ってもらうと
あら不思議・・・☆
足裏のグラグラがなくなりました!


だそうです。

なるほど、体のことを考えると重心がかかる部分というのは足の裏の前に全て足首を通過します。
足の裏の表面ばかりに気を取られていると、いつまでもぐらつきが取れないというのまさしく道理ですね。

足裏でバランスをとろうとすると
指が床をつかもうとして足裏全体が緊張してしまうのと
足首も力が入って動きにくくなるのかなって思います。


と、このように綴られています。
あとは実戦したりイメトレですね。
半も仕事の合間に実践してみましたが、少し難しかったです。
でも、繰り返しやっていこうかな(^_^)


さて、この先生、このほかにも素敵な記事をアップされていました。

中でも、お芝居のジャンルに通じることをお話しされているなと思わずクリックしちゃったのがこちら


先生は「できる限り」って言っても
生徒は「できる以上に」やろうとします
だって できる範囲でやってると
「もっと」って言われちゃうから
だから必死でがんばりすぎます

もう少し生徒の身体に寄り添って
ゆっくりと身体をつくっていってほしいです
これでは身体を壊します

踊ることの楽しさを味わってもらう

大人バレエは まずそこからって思うのです
「楽しい♪」って思って踊れば
身体はもっと動きやすいし
もっと上手になりたい!って思うから

「バレエはこういうもの」
という固定観念にとらわれて
大事なことを忘れないでほしいなぁ


先日演劇仲間のトークにも似たような会話がありました。

「台本とかセリフに縛られてやる演技ほど、面白くないものはない。どうやったら、そういった型をはめずにやれるのか?」

役者というのは滑稽な生き物で、
虚構の中で呼吸をしなければなりません。
嘘のキャラクター、嘘の過去、嘘の設定です。
すべて虚構です。
けれども、その中で息遣いを感じない<作られた>役はまったく面白くないのです。
見てるこっちがはずかしいというか、やっちゃったなぁ〜というか。

つまり、どれだけ美味しそうな料理も、本当に<味>が美味しくなければ、お客様は、楽しめない、そういう事なんです。

キャラクターという器から入った演技はそれと同様、味がカスカスで見るに堪えません。
心ができていない役はどんな個性を持ったキャラクターをやってもつまらないのです。
呼吸をしない、会話ができていない、それはどんな人にも見えてしまします。
演技の経験をしている人に限らず、見た人には必ず伝わるのです。

これは始められたばかりの方だけではなく、特にテクニックを覚えた経験者の人が陥りやすいパターンです。
半も昔、心の入っていない役のまま本番を迎えたことがあります。というか、半々くらいでそうだったんじゃないかなぁ。

役者は心を扱う生き物です。


器は後からついてきます。
心の揺れ方を表現するからお客さんの心にも波紋を呼ぶのです。
頑なな心。むき出しになる心。掛け合い相手や設定の中で変化する心。決断する心。
役者は決してそのことを忘れてはいけません。
そして、演出は器を強要しないよう気をつけなければなりません。
器はやはり器なのです。

こちらの先生の中にもう一つ面白い記事を見つけました。

バレエの先生ですが、ホルン奏者の音楽家のブログについて書かれていました。

本番の緊張に負けてしまう危険が高い練習のやり方とは?

本番直前まで、「欠点を直す」「できないことを減らす」のが練習や準備だと思って一生懸命そういう作業をやっていたのに、本番になると突然、音楽を演奏することが求められます。
音楽の演奏は、欠点を直すとか、できないことを減らすとか、ダメな自分を克服するとかそういうことは一切関係ありません。
音楽は創造行為・表現行為です

 


うぁ~、心当たりある(><)
出来ないことを頑張るあまり、できないことを克服するのが目的になってしまう。

バレエでも音楽でも演劇(芝居)でも、通じるものは同じですね。

つまり、目的のための手段を講じ、その手段のために目的を二の次にしてしまう。

無我夢中に何かに取り組んだとき、みなさんにも心当たり、あるのではないでしょうか?

 


正直に言うと、役者は心を扱う生き物だけに、私のような不安定な人間には不可が大きかったんです。
好きなものだからこそ、一生懸命にやりたくて、でも一生懸命にやればやるほど周りとの距離が大きくなって。
いつの間にか、器だけになって、ぽつんと一人になった。そんな本番なんて、とてもつまらなかった。中身のない、つまらない役をやってしまった。愛してやまない舞台を自分で汚した。
あぁ、書きながら気づいてしまいました。告白します。私は今も、あの当時の自分に、自責の念を持っています。


このバジルさんの言葉はとても大きい。

【練習は、純粋にしたいからするもの】
さてここで、わたしのからの提案は、
『練習をすべて、「〜したい」からする作業にしてみませんか?』
具体的にはこういうことです:
「この曲の、ここが聴いていて感動するから、自分もぜひ演奏したい。だから、その曲を演奏する。」
「この作品に込められている、こういう意味やメッセージに深く共感するから、自分もぜひそれを伝えたい。だから、その曲を演奏する。」
「こういう音を奏でたいから、この音階練習でその音を出そうとしてみる」
「こういうテクニックを使って表現したいから、その練習をする」
(略)

「〜が演奏したいけれど、現状技術が足りないから、それを直すために基礎練習をする」
というような発想とは異なるのが分かりますか?

楽器を使って、音楽を使って「やりたいこと」がある。
楽器の音、音楽が自分とって「大切なもの」である。
だから、演奏する。


演奏に取り組みチャレンジしていくうちに、だんだんうまくなっていく。その結果が「練習」なのです。


すべて、やりたいことや奏でたい音に向かって一歩一歩進む作業なのです

 

※アンダーラインは、半の気になることとしてつけさせていただきました。

演劇を始めた役者さん
演劇経験者の皆さん

技術や役というのは、心が出来上がってからですよね?

今、良い感じですか?

私の心は弱いです。
今はときどきの役者でしかありませんが、心を扱う準備ができているか今でも不安です。

ちゃんと向き合えているのか?
セリフは音ではなく会話になっているか?
呼吸はできているか?
相手の心と響きあっているか?
そして、それらを楽しめているか?


「やりたくてやる」演奏過程が、結果として「練習」になっているようにでるのです。


半は、今はまだあるのかないのかわからないような下手くそなテクニックに走りがちです。
そして、作品へのこだわりの為、ちょいちょい自分で自分を追い込みがちです。


私の心が、もっと素直に、もっと自由に解放されるように・・なりたい・・。


それは、とても勇気のいることです。
 


役者にだって、見せたくない部分はあります。
役者にだって、怖いものはたくさんあります。
役者にだって、逃げたくなることはあります。

 

 


それを解放して

 

 


「やりたくてやってるんだ~~!!」

と天井を突き抜けるような叫びで役者をやりたいです。

 

 




・ ・ ・。

 

 

でもそうなると自分でもどうなるか分からないですねww
その時はさすがに裏方はできないかもなww
役者オンリーでないと、何がどうなるやらσ^_^;

 

 

まぁ、まだ時間は有ります。
私の人生時計はまだ半分くらいでしょうから、
私の演劇人生2ndはまだ始まったばかりです。

朗読劇「たくさんのお月様」 ~0.068秒の演劇×動画~

こんにちはdbd半です。

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予定通り 劇団AQUAさんの朗読劇「たくさんのお月さま」動画UP致しました!!!
いえーーい!!ぱちぱちぱちぱちぱち・・・・。

 


ところで皆様、突然ですがコーヒーはお好きですか?

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それとも紅茶派?緑茶派?青汁派?それとも今は酸素水が流行でしょうか?

半は断然コーヒーです。毎日2〜4杯ほど飲みます。
朝のはじまりの一杯。午後には眠気覚ましの1杯。夜作業をするときは気合入れの一杯。
そして、時折リラックスタイムの一杯です。

今回の「たくさんのお月様」は、まさしくリラックスタイムの一杯を飲みながらのご視聴をお勧めさせていただきます。

 

今回の作品は約26分。
テレビで言うなら、アニメ一本分。教育テレビの『Eテレ 0655』なら5回分です。
3分で仕上がるチキンラーメンなら8杯は出来上がります。不動産業界が定める標準の歩行速度は時速4.8km、つまり分速80m、26分歩けば約2km。おおよそ東京駅から秋葉原駅まで路線伝いに歩けば到着できる距離です。

ランニングを30分すれば、体重60キロの男性なら417kcalの消費、これはおおよそ惣菜パン一個分。

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半の大好きなまるごとソーセージパン一個分です。ゲフッ。

 

 

 

 

 

動画の中では長い方だと思いませんか?

私は長いと思います。はっきり言って、見るのしんどいです。
約30分もあれば、一つの仕事は片づけられます。
仮眠をとることだってできます。気になっている漫画だって読めます。

でね、私もよくやるのですが、○○しながら動画を見たり、音を流しっぱなしにしたりするんです。
ふと手を止めたときに耳から入ってくる旋律などはとても気持ち良かったりします。
<音>として聞くことに関してなら、こういう楽しみ方でも良いですよね?


でもね、こういう時は、メインが○○しながらの○○だから、話がいきなり飛んでいたりして、え?今?なに?
なんでこうなったの?なんてこともあります。それはテレビの時もそうなんですが。録画したテレビや動画は巻き戻しも手軽にできます。でも、なんか盛り上がっていた気持ちがしゅんとなって、なんかちょっと白けて、あっそっかぁ~なんてなったり。
忙しい皆さんならそういった経験ありますよね?

 

これってなんか楽しい気持ちが一気に台無しになったりしませんか?

 


今回の作品「たくさんのお月さま」は原作の内容がウィットに富んでいて思わずクスリと笑わせてくれるような作品です。
そして作品の中に強いメッセージがあります。

 

半は、制作者(動画の)なのでtest視聴を何度も繰り返しました。
部分的に見ることもあればすべて頭から最後まで通してみてみたり、気になったところを修正してアップして、また見てみたり、その繰り返しです。

 

でね、その中で一番作品を楽しめたのは、椅子に座ってコーヒーを飲みながら、耳を傾け画面の”絵”をなんとな~く見ている時でした。

時間の流れが心地よかったというか。なんか、スーッと入ってくるというか。

それって、やっぱり小屋(劇場のことを小屋と言います)で見ている感じに近いんです。

 


動画なのでね、見たいときに見ていただくのが一番です。

 

でも、良ければ・・

いつもの忙しい時間の合間に、少し休憩を入れてあげるような気持ちで椅子に座ってぼんやり画面を眺めるようなスタイルでご視聴頂けると、

この「たくさんのお月様」を

100倍楽しんでいただけると思います。


私が稽古していた時間よりも、本番の実際の時間よりも、時間をかけて編集制作しました。
好き嫌いや出来不出来はあると思います。

 

でも、少しでもあなたの琴線にふれる作品になっていれば、私はとても嬉しいのです。

 

ノノノノノノノノノノノノノノノノノノノノノノノノノノノノ


とある記事で「人生時計」というのを目にしました。※人生時間という言い方もある

人生時計 - 人生を時計一周24時間に例えると今何時?


人生を一日に置き換えてみると、「貴方は今何時にいますか?」と、投げかけをしてくれています。

"今"目の前の事はとても大事です。大変な時も楽しい時もたくさんあると思います。

もし人生が72年あるとするなら、”今”はその通過点だということなんだと思います。

 

人生(72歳)を24時間に置き換えてみたとき、3年(3歳)で1時間分、針は動きます。
1年では?

1日では?

1時間では?


30分では?

30分、0.068秒です。


人生の0.068秒間、
貴重な0.068秒間、

 
どうぞお椅子に座って好きな飲み物と一緒に、「たくさんのお月さま」をお楽しみください。

 

ノノノノノノノノノノノノノノノノノノノノノノノノノノノノ


劇団AQUA 朗読劇「たくさんのお月さま」実演

 

 

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youtyubeにアップしているコメントです。

クレジットを載せさせていただいておりますので、こちらでも張り付けさせていただきます。

↓  ↓  ↓

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劇団AQUA朗読劇「たくさんのお月さま」※↓詳細有り「もっと見る」クリックどうぞ
<たくさんのお月様>の画像と一緒にお楽しみください。
                    
2017年3月18日(土) 場所:アイ・リンクタウン展望
よだかの星」と2作品(dbd_半は客演で出演させて頂いております。)上演いたしました。
今回、私の希望でYoutyubeにアップさせていただきます。

出演:里見、おこめ、まこ、慈恵、飯島和謙、半(dbd-hans-collection)
画像編集 :dbd-hans-collection 半
音響選曲・編集:dbd-hans-collection 半

※お芝居の「生」を感じて頂きたく本番をUPしておりますが、解放された空間ゆえに演出上ではない「音」も含まれております。
※音楽と効果音はすべて編集にて追加しておりますが、それ以外の音響編集はしておりません。
※劇団AQUA 朗読劇「よだかの星」の朗読もアップしております。
どうぞそちらも合わせてお楽しみください。


劇団AQUA 朗読劇「よだかの星」実演

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★劇団AQUA(千葉県市川市メインで活動されている劇団さんです)
HP:http://www.gekidan-aqua.sakura.ne.jp/

★dbd-hans-collection(ディービーディー・ハンズコレクション)とは・・
千葉県船橋市在住のわたくし半(はん)がお芝居関係についてなんでもやりたがる
総合エンタメ活動組織名。つまり芝居何でも屋。メインはブログと動画×演劇です。
とりあえずいろいろ奮闘中ww↓↓(最新ブログ)
http://dbd-hans-collection101.hatenablog.com/

たくさんのお月様関連ブログはこちらから
http://dbd-hans-collection101.hatenablog.com/entry/roudokugeki-AQUA-title-20170206


★今回使わせていただいた楽曲と画像について
【曲】
  音楽の卵:http://ontama-m.com/ongaku.html
  Addpic:ニコニコ・コモンズ
  機工:http://domisoso.dojin.com/
  H/MIX GALLERY:http://www.hmix.net/music_gallery/music_top.htm
【効果音】
  くらげ工匠:http://www.kurage-kosho.info/others.html
  無料効果音素材:http://taira-komori.jpn.org/freesound.html
【画像】
  イラストAC:https://www.ac-illust.com/
  写真AC:https://www.photo-ac.com/

  使える写真ギャラリー:http://www.sothei.net/


その他半sフォト

素敵な素材無料提供に感謝と感動です。

ご感想・お問い合わせは下記メールにて承ります。
dbd.hanscollection@gmail.com(dbd半宛)


最後までお読みいただきありがとうございましたm(__)m

カミングスーン メニームーン

こんばんわdbd半です。

ブログ内でのカテゴリーにいつも悩みます。

f:id:dbd-hans-collection101:20170712175804p:image

 


初期のころはとりあえず、なんでもいいから検索で引っかからないかなぁというのと、記事数が少ないため見た目の<かさ増し>でどんどんカテゴリーを追加していました(==;)

 

だって、少ないとさびしいじゃん。

 

でもそろそろ投稿記事も100超えたし、書いてる項目もちゃんと紐付いていなくて、今はまったく見ずらくて仕方ありません。

自分で言うな。

 

なんだか最近書いている分野も増えてきているので、投稿記事が200を超えたくらいには一回整理したいと思います。

すぐやらない・・・ww

 

200記事というと、まだまだ先は有りますので、そのうちカテゴリーの一斉整理をしますのでよろしくお願いしますm(._.)m


さて、ツイッターとこのブログでも、ぽつぽつ発信していますが、そろそろ「たくさんのお月さま」の大詰めです。
ほぼほぼ完成とか言っときながら、見直すと「ここ直したい(><)」「ここが気になる(><)」がついつい出てきます。

たぶんAQUAさんの中でも一番私がこの朗読劇を堪能しているのではないでしょうか(笑)

 

もう終わった公演だしね。

そうそ、通常劇団というのは公演、つまり本番が終われば打ち上げをして裏方の主催もしくは制作の方がお片付けをして終了です。きれいさっぱりです。終わったら早々に次の公演に向けての稽古がスタート、もしくは何もない時間の始まりです。

何もない時間というのは、お祭りの後のようなちょっと寂しいような、あの感じです。

 

これがまた公演のいいところなんだよね。その日に向けて頑張って、本番終了したら今までの大変さはなんだったんだっていうくらいサーッと平穏な日々になる感じ。

まるで夏のお祭り。まるでレースのゴール間近みたいな感覚。

 

 

でもね、動画は逆だよね。
本番(収録)が終わってからが仕事(活動)です。


動画もね、楽しいんだよ。楽しいんだけど、反面つらい部分もあります。


出来上がっていく感じはそりゃぁもうあたし天才じゃないかとご満悦になれますがww
低迷するときは何にも何にも、手がつかなくなります。さらにできあがった!と思ってもっかい見直したら気になるとこ見つけてまた手をつけたくなる無限ループ。何より!この見直しするのにめちゃ時間がかかる!

 

 

最近は携帯からスルっと動画編集してすぐにUPできる人もいるし、きっともっと手軽にできたりすると思います。半も、動画芝居「ねぇ、くまちゃん」の時は丸を2日で発想から収録、アップしてます。

 

逆にね、凝りだせば凝りだすほど動画はアップロードまでの道のりが遠い・・・。
これは私だけでしょうか・・・・?

 

ただでさへ、編集スキルが乏しいうえに、妙にこだわってしまいます。開演時刻の縛りがないとなおさら。

これも半の悪い癖です。

 

でもね、

 

でもね、

 

 

これだけは言わせて!

 

その分愛情はたっぷりです。

 

 

また後日この「たくさんのお月さま」の動画アップまでの道のりは書かせて頂こうと思いますが半のこだわりが、どんどん膨らみ今に至ります。


皆さんの心に少しでも残るものをお見せできるならとあれやこれやと試行錯誤。

 

実際は見ていただかないと、わからないものなのですが。。。

 

もし、何か響くものがあれば

イイネやリツイート、頂けると嬉しいなぁ。

 


さて、残りもう少し。

仕上げの仕上げ、頑張ります。