dbd-hans-collection101のブログ

さぁ、世界をつくろう。 人生には刺激が必要だ。 dbd-hans-collection略してdbdの半のブログ。ほぼ一人で立案から創作完了まで行う芝居何でも屋。そんな芝居人、半が感じたアレコレを書き綴って参ります。

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「ダメ出し」はもう流行らない ~演出から役者へ~

残暑お見舞い申し上げます。

dbd半です。

 

 

前回の記事に書きましたが先週日曜日に友人の芝居「シャッフルシアター」を見に行きました。
7人の演出・・という事で、少し感化されています。


以前に演出とは何ぞや・・みたいな記事を書いたことがあります。

 

dbd-hans-collection101.hatenablog.com

 

dbd-hans-collection101.hatenablog.com

 

 


演出をする回数は私もそんなにあるわけでは有りませんが、自らの勉強を兼ねて思うがままに、つづらせて頂こうと思います。

 

 

 

 

 演出から出演者へのノート(note)について

   note・・・提案という意味が強いそうです。※井上芳雄さんのコラムより引用

  演出が作品作りをするうえで役者さんたちに伝えたいことや、リクエストはいろいろあると思います。でも、一筋縄ではいきません。「泣き笑いして」の一言で・・で見る人の心を動かす芝居をできるか・・という事です。

 

 

◇演出の意向を出演者に伝えるには・・・

 シャッフルシアターの公演を見終わった後、ついつい自分だったらどうするかな~とぼんやりと考えていました。
演出の効果は「○○してほしい」、「○○したい」という事を伝えればいいので、比較的具体的に話が出来ます。

 

でも演者に伝えるとき、それはなかなか難しい分野です。
私たちの世代やもっと前からされている方はこの言葉をよく聞くでしょう。

 

「ダメ出し」

 


私は、ちょっとストイックなので(笑)ダメ出しをもらうのが好きです。
ここで自分の足りないところが見つかるんじゃないか、自分の分からないところを他の人からもらう事で足りないピースのヒントをもらえるのではないか、と思います。

 

10数年前私と同い年の友人の芝居を見たとき、見終わった瞬間に「ダメ出し頂戴」と可愛く言われたのを記憶しています。

 

今思えば、普通なら「感想もらえる?」「どうだった?」ということを聞きたいのに、「『ダメ出し』ちょうだい」とつい言ってしまうくらい、単語として「ダメ出し」が浸透しているのです。

 


所が、です。

やはり人によって、その風潮は現代にそぐわないのではないかと、ひしひしと感じているのです。

ダメ出し→自分の悪いところを教えてもらう、指摘される行為です。
つまり昨今主流のSNSでの「イイネ」とは真逆の行為です。

 冷静に見れば、できれば言われたくないって思うのは普通の心情ですよね。


自分の短所を知り切磋琢磨を繰り返し、教えて頂いた方にこびへつらい、人間否定されても御礼を述べなおかつ勤勉に努力を続け根性に根性を重ね、さらにそのてっぺんに到達できるのは、一握りに人たち・・・・なんていうのは、今の時代と逆行しているのを感じずにはいられません。

 

◇「ダメ出し」が増長するとどうなるか・・・

 少し前、初演出をされた鈴木砂羽さんと出演者さん達とのトラブルは印象的でした。
出演者側事務所は下記のように発表していました。

 

「演出鈴木砂羽氏より二人の受けました人道にもとる数々の行為に対しまして、弊社と主催側で検討をしました結果、残念ながらこれ以上の稽古及び舞台への出演をお受けすることは出来ないと判断し出演をお断りする運びとなりました」


劇団側はこれを否定しているので、事実はご本人達しか知り得ません。
ただ、驚いたのはこれが真実だったとしてその上で擁護するテレビ出演中のベテラン役者さん達でした。
「自分たちの時は、こんなの当たり前」
「教えてもらう側なんだから・・・」


そうかもしれません。
でも・・・。
歴史をしょった文化のある芸能の世界だからこそ厳しさも修行のうちかもしれませんが、今の時代の中で人間をも否定するような言い分は、演者には伝わりません。

そもそも「演出」=「師匠」ではないのです。

演劇といっても、多様なジャンルがあります。

私たちのような伝統も文化もしょっていない趣味としてたしなむ芝居人が、人間否定、尊厳皆無をしたのであれば、だれに心にも響かないただの駄々っ子の暴言になってしまうのは明らかです。

鈴木砂羽さんが本当のところどうだったかは分かりませんが、演出だからって、敬ってもらえるなんて言うのはナンセンスだし、威張り散らかすのもおかしな話です。

持ち上げることも怯えることも、蔑むことも必要ないのです

 

◇「ダメだし」をしない監督や演出達

ここまで強くいってしまうのは、私自身への注意でもありますし、近年、実際にダメ出しをしない演出や監督の作品達が高く評価されていると感じるからです。

 


2016年大ヒットした新海誠監督の「君の名は」はもうたくさんの方が見られているともいます。
私はテレビで見ましたが、この作品にはまった方々が沢山いて驚いたし、すごいなぁと素直に感心してしまいました。
この新開監督はもともとゲームのオープニングの制作者さんだったそうで若い頃から下積みを経験してきたアニメーターさんではないそうです。
その畑違いの出身のおかげか、いつもチェックを入れるときに誉め言葉や感謝の言葉があるそうです。
「素敵!」「可愛く書いてくださってありがとう!」などなど。
それまで一人で作成をされていた分、他の人の力をもらえる有難さを痛感しているのかもしれないですね。

 

 

またこんな記事を目にしました。
ミュージカル界のプリンス井上芳雄さんのコラムです。

style.nikkei.com

海外で活躍される演出家さんは「ダメ出し」をしないそうです。
記事がなくなると読めなくなってしまうので、私がビビッと来たところをupさせて頂きます。

 


通し稽古の後は、ルヴォーが何か一言話すという感じで、こう動きなさいとか、こう演じなさいとかは言わない。その代わりに何回も通し稽古を繰り返して、俳優が自分で役の動き方やテンションを見つけていくというやり方でした。

演劇って、本来はそういうものだと思います。しかし演出家からすると、早く思い通りに動いてほしいから、違うんだ、こう動きなさい、と言うのでしょう。でもルヴォーは、俳優が自分で見つけるまで待ってくれる。俳優の側も、ダメ出しがないし、怒られるわけでもないから、どんどん自由になっていくという感覚です。

だから、自分の考えでやっていると思わせておいて、実は全部ルヴォーの世界の中で動かされているのかもしれません。そこが彼の素晴らしいところで、俳優に魔法をかけるんです。それには作品に対する理解力や洞察力がいるし、俳優を信じる気持ちも忍耐力も必要でしょうから、すごい人だなと思います。

(省略)
月に開幕する『ナイツ・テイル -騎士物語-』の演出家ジョン・ケアードは『レ・ミゼラブル』などで知られる人で、僕は『ダディ・ロング・レッグズ~足ながおじさんより~』でご一緒しました。彼はダメ出しじゃなくて、「『いい出し』をします」という言い方をします。

ルヴォーもそうですが、海外の演出家は、とにかく褒めます。何かすると、まず「ベリーグッド」と褒める。そのうえで「ここをこうすると…」という感じで意見を言う。それが結果的にはダメ出しなのかもしれませんが、頭ごなしに否定することはありません。

言い方の問題なのですが、それはとても大事なことだと思います。僕に限らず、俳優って、初めての役をやるときは、怖くて不安なものです。そこで、いきなり否定されるとつらいし、落ち込みます。ルヴォーはそこを分かってくれていて、「役者はプレッシャーの多い職業だから、守られるべきだ」と言います。だから、否定したりはしないんだと。

日本と海外、それぞれの国に歴史や文化があるので、どっちのやり方がよいということではないと思います。俳優にとっては、自分にあってるかどうか。僕の場合は、海外の演出家の褒めて伸ばすやり方のほうがしっくりきます。

 

 

特にこの文面すごくヒットです。

俳優って、初めての役をやるときは、怖くて不安なものです。そこで、いきなり否定されるとつらいし、落ち込みます。ルヴォーはそこを分かってくれていて、「役者はプレッシャーの多い職業だから、守られるべきだ」と言います。だから、否定したりはしないんだと。


「役者はプレッシャーの多い職業だから、守られるべきだ」・・・・なんて優しんだろう。


役者と演出はチームであって敵では有りません。
プレッシャーは逆に自らをカチコチにさせてしまう一番の敵では無いでしょうか。
だから演出と役者が向き合っちゃダメなんです。
同じ方向を見つめる仲間でないと。


「俳優が自分で見つけるまで待ってくれる。俳優の側も、ダメ出しがないし、怒られるわけでもないから、どんどん自由になっていくという感覚です。」

演出は役者をどこまで自由にできるかが、カギなんだなと思います。
そして自分の固定観念に捕らわれてはいけないというのを他の記事でも目にしました。

 

 

◇「演出はプランにこだわってはいけない」

 脚本家・演出家、9PROJECT主宰。つかこうへいさんを師事した渡辺和徳さんの言葉です。

www.kazz-spot.com

 


(省略)最後に、演出に当たる際の心構えを述べておきたいと思います。
それは、作品への奉仕者であれ、ということです。

演出を行うには、入念な準備が必要です。それは決して楽な作業ではないはずです。ですがそうして生まれた演出プランに、こだわってはいけません。それは俳優の創造性を否定することになるからです。実際の稽古の段階でも、その場で生まれたものにあわせて、どんどんプランを変えていかなくてはなりません。

 


演出の構想を形にするのが役者やスタッフでは有りますが、よりいい作品になるのであれば、生で呼吸する役者に合わせて作品を作り直すのもまた演出の仕事なのだと思います。自分の固定観念にとらわれて役者をないがしろにしては元も子も有りません。

なぜ語気が強くなるのかと言えば、一つ演出の頭が固くなっている時でもあると思います。何かに捕らわれると何かを見失う、普段の生活でも起こる落とし穴です

 

 

◇「演出は作品への奉仕者であれ」
 

 

そして、やはりこれにつきますね。
「作品への奉仕者であれ」

 
ダメ出しをすることで、役者の心を固くするのならいい作品はできません。
役者は自由でなければ本来の力が発揮できないのは、どこの劇団もどの役者でも一緒では無いでしょうか。


もちろんそういった芸能の世界もあるものは否定しません。

苦悩の上に絞り出される本音・・そんなリアルもあるからです。

けれども、素人がやるには荷が重すぎです。

もっとストレートにもっと素直に、役者と演出は作品に取り組んでいいんだと思います。

 

 

 

 ◇まとめ

 ・・・と、いろいろ書き連ねていますが、では具体的にどうするか、どのように演出の意図を伝えるか・・・・、これがまた難しいところです。
繰り返し通し稽古を行う事も「自由」へのヒントですが、それだけでは足りないように思います。
演出が役者を、自由かつお客さんに伝えたいように伝えることができるのかは、まだまだ私も探索中です。

どうすれば演出の意図が役者に自然と伝えることが出来るのか。

どうすれば役者に楽しんでもらえる土台を提供できるのか。

 

今日もそんなことを考えています。

 

センター舞台

 

こんにちわdbd半です。

皆様お元気ですか?

半も元気です。

 

 

せて、昨日友人が出演する舞台を見てきました。

 

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アミュゼ柏で行われたシャッフルシアターです。

柏界隈の演劇人が、劇団の垣根を超えて、メンバーをシャッフルシャッフル。

今までと違った魅力を発見できる作品群です。

 

構成として1チーム一回公演。

1ステ3チームのようです。

 

千秋楽に行きましたが、半は時間の都合で2本だけになりました。ま、そりゃ仕方ありません。

 

で、今回の面白いところは、スクエア型の舞台セットだったことです。

 

チラシには360度ステージと、書かれていますね。

 

 

 

スクエア型つまり四角型のセンター舞台です。

観客はその周りをぐるりと囲み席に着きます。

私も過去に1・2回しか見たことがないたまにしかない舞台の作り方です。

プロレス・土俵を想像して抱くと、舞台と客席のイメージが付きやすいと思います。

 

 

見る側にとってはいろんな角度から楽しめるメリットがある半分見たいシーンの一番おいしいところを見られないデメリットも共存しています。

何より、作る側は、通常で作る以上に気配りを強いられます。

 

私は実際やったことが無いのですが、想像するに下記のことが考えらます。


①デハケ
 出たり入ったりがむき出しになります。
 1面で見る舞台であれば袖があります。
 スクエア型・中央型に舞台セットがある場合、物のデハケ、人のデハケは工夫せざるを得ません。
 場合によれば、とても見苦しくなってしまいます。

 

②立ち位置
 一面からの視点だけではなく、複数の視点を考慮する必要があります。
 決め台詞などここぞとの見せ場の時は、やはりお客さんに見てもらいたいし私だったら必ず見たいです。
 ですが、4面舞台の場合、必ず見えない客席が存在することを忘れてはなりません。
 その場合、どのようにフォローするかは重要では無いでしょうか?

そして、カブリです。

人と人が被っていると当然ながら後ろの人は見えません。

演出が客観的に見てわかれば指摘できますが、360度となると、役者同士での気配りや視界の広さが試されます。


 
③照明・音響演出の制限
 一番困るのは照明さんではないでしょうか?
 バトン(照明をつる天井にある棒)が思うところにないのに、明かりを求められるかもしれません。
 必然と暗さが増します。
 音響さんもスピーカーを4っつセットできればいいですが、どうしても客席により良いところそうではないところが出てしまうでしょう。

 

④小道具・舞台美術
 舞台上が丸見えになるため、裏方さんがこっそり道具を引っ込めるなどが出来ません。
 場転の際には、無いはずのものがあってはいけないため、役者間で上手くやることが求められるでしょう。

 

⑤客席同士丸見え
 忘れてはならないのがこれです。
 人の頭の後ろはさほど気になりませんが、顔や目線があるものは、思った以上に見てしまいます。
 お客さん同士が対面する形になる時は、中央の舞台にどれだけ集中してもらえるか、導入が肝心です。
 白けてしまえばお客さんの表情や笑い声まで逆に気になってしまいます。

 

 

 


と、ざっと難関部分を挙げましたが、上記の内容でも時折見かけるのは、やはり面白いからだと思います。
私も、やってみたい舞台の形ではあります。
むずかしければ難しいほど、アイデア勝負ですから、そういったことにチャレンジできる環境は羨ましいくらいです。

 

 


私の場合、会場の設定からインスピレーションするものを形にするのが好きなので、もし、スクエアの舞台でやりますとなれば、上記のことを踏まえて演出を考えたいです。

今回2作品しか見ることが出来なかったので他の団体さんと被っているかもしれませんが、例えば、街頭演説やスクランブル交差点なんかをオープニングに持ってきたいですね。
不特定多数に呼びかける設定としてはもってこいです。


あぁ、あと雨の設定もいいですね。暗めの照明には暗めのシーンとして雨音が強調されます。四方からレインコートを来て傘をさして怪しさ満点で客席からセンター舞台に乗り込みたいです。
で、どんどんセンターに立つ役者を追い込む(笑)

あと水中や地中なんかも想像を掻き立てられ、スクエア型ならではの面白さを引き出せるのではないかなと思います。何があるかわからない感が客席と舞台にあれば面白そうです。

 


あ、そういえばスクエア舞台というと四角ですが、センターに舞台をセットした形は、他にも見たことがありました。
おかあさんといっしょ ファミリーコンサート inさいたまスーパーアリーナ」もそうでしたし
ディズニーシーにある「マーメイドシアター」も面白い舞台の組み方です。


「マーメイドシアター」は最初に見たときは感動でしたね。なんと、舞台は空中。客席は扇形になっていて、みんな上を見ながら泳いでいるアリエルやお姉さま方とのお歌などを楽しめるのです。

 

 


センターの舞台というのは、なかなか難しいところもありますが、楽しみがいがあるうえ、あっと驚くようなこともできます。舞台のこうじゃないといけないという固定観念を、大きく覆してくれるものだと思うので、やはりまたいつか見てみたいですね 

それこそ、芝居の醍醐味だと思うからです。

 

 

 

さて、今回拝見した作品は二作品ともとても上手に舞台を使っていました。

 

私の連れのお子ちゃまも笑っていて、大人も子供も楽しめる作品だったと思います。

 

内容は二つともコメディだったのも良かったです。

大きな舞台で見れない小ネタが沢山あり小劇場ならではの親近感が沢山ありました。

 

今回の劇団さんは昨年のカシゲキで見させてもらったことのある演出さん達でしたが、出演メンバーは違えど二つとも両方の味があって、カシゲキは20分の待ち時間に対し、今回40分の待ち時間をじっくり楽しませてもらいました。

 

 

 

 

私は芝居にはまって、何年も立ちますので、いろんなパターンを見ました。

もちろんまだ見たことのない舞台もたくさんありますが、私以上に足を運んだ回数が少ない方は、私以上に興味深かったと思います。

そんな方々が今後増えることを思えば、いろんなパターンを上演し、作品を世に出す、と言うことはどれだけ意義があるでしょう。

 

 

どんな形でも、見てもらうところまで、持っていけるかどうか、それはとても大きいです。

 

#シャッフルシアター

#スクエア型舞台

#センター舞台

#舞台セット

#円形舞台

#アミュゼ柏

 

 

 

長生きすることを想定する一幕 ~頑固ジジイのはなし~

こんにちわdbd半です。

皆様ぼちぼちの更新になっていますが、お元気でらっしゃいますか?
長い梅雨が明けたと思えば猛暑と台風の応酬でしたね。


半はお祭りに花火、プールに墓参り、夏をひとしきり満喫していました。^^


沢山の人が集まるイベントには、警備員やスタッフ、運営の方々が沢山にて、
イベントごとに、この方たちのおかげでイベントを楽しめるんだなぁと感謝の念を抱かずにはいられませんでした。

この暑さでしたからね。立ってるだけで疲労困憊ですよね。イベントを支えてくださる方皆様に感謝です^_^

 


さて、しばらく芝居の方は自粛中です。
妊婦になり腹も出てきましたし、あまり活動的なことはできません。もうぽんぽこりん。
今週末友人が出る芝居があるので、見たらまた観劇ブログを書くかもですが、今回は1年ぶりの大阪帰省の話でも書こうかなと思います。

 

昨年うちの愛ねこさんの話をしました。

 

dbd-hans-collection101.hatenablog.com

 

今年も生きていました!
食欲は細り見た目昔の子供頃のようにほっそりしていましたが、むさの顔が見れてホッとしました。
いやむしろ長生きして尻尾が二股になってるんじゃないかと思ったくらいです。

 

 


さて、一安心したところで、今回の話題はうちのおじじ様です。
おじじ・・といっても私の実父の話ですがすでに80オーバーのただのジジイです(笑)


本当に猫も人間も長生きするようになりました。
そしてなんと、うちのおじじ様、まだやる気でした!
何をって・・。仕事です。

 

 


実家は自営業をしていました。
十数年前に業種は変わりましたがつい最近までも現場に出ていた現役です。

それが今年の6月にトラブルがあり、ついでにもう辞めるか・・となったのですが、なんとあおのジジイ様、まだやる気だったんです。やれやれ。

ま、今回帰ったのもそれが気になっていたのがあるんですけどね。


いやいや、もうあなた、80もすぎて普通だったらとっくに定年退職して、家でゆっくりしているもんですよ。

 

が、生来の頑固ジジイが発揮です。
周りの意見なんて聞きやしません。
周り・・母も兄弟たちも私も・・誰も応援していない・・・のに。

「まだまだやれるよ」とのたまうのです。┐(´д`)┌


みんな呆れるやら、毛嫌いするやら・・。

 


諸々話を聞き最後には、いろいろ期限があるわけやから好きなようにすれば?
あかんかったらあかんでそこでおしまいやから。
やるのはええけど誰も応援はしてないから。
その代わり期限まで口は出さんようにする。

 

と苦言と条件だけ残して終わりました。

 

 

まったく、私が家にいたころから、家の時間は止まったまんまです。

 

話す内容も、やることも。昔から話はループ状態


ジジイ→やる、できる(根拠のない自信、でもできてない) おかん→できてへんやん ジジイ→いろいろ都合があるんや。そんな風に言われたらできることもできひん。  おかん→なんでもうちのせいにする、

と最後は怒鳴り合い

まぁ、毎度こんな感じです。

 

 


でも、もう流石に80オーバーですよ・・。
それでもやると言い続けるジジイのこのバイタリティはどっから来るのか・・・・。

 


80オーバーと書きましたが確か85か86位です。(←本人が年齢に無頓着で実際よくわかりません(-_-;))
一般的に60歳が定年として嘱託でさらに働いても65が今のアッパーでしょう。

自営業はそのあたりが皆無なためか、自分がどこまでもやれると思ってしまうのが恐ろしいところです。

 

かと言って、住まいを千葉に移した私に何ができるわけでは有りません。
せいぜい帰省した折にみんなの事情を聴いて、思いのはけ口として耳を傾け、話の流れを整理し、つなぎ目としての役割を果たすだけです。

 

 

父には長生きしてほしいですし仕事がなくなれば一気に老け込むことでしょう。

 

でも、80オーバーして、「まだやるよ」と広言してやまないこの図太さ。
本当に一体何なのでしょう。


もう60だから・・とか、65歳だからできないわ・・・
じゃないようですね。

 

あら、あなたまだ70歳なの。若いわねぇ〜。
まだまだできるじゃない・・


となるようですね。

私の今の年齢はその半分にも満たないわけですが、定年退職したら終わりなんて言う考えは捨てようと思いました。

 

65で仕事がなくなっても、まだまだ働かないとね。
さらに5年か10年か。
その時は芝居に呼ばれたらスッと動けるスタンスに切り替えて、芝居の比重を大きくするつもりです。

 


あ、てかローンあるから何が何でも稼がないとにゃらんわ(笑)

 

 

 ↓不在にしている間になんとサボテンからお花が・・・

もう廃棄しようと思っていたサボちゃん。

私が断水したところ家人がこっそりみずをやっていました。そして花・・皆、生命力ありすぎっ!!

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そうそ、実家に帰った早々に言われた母(母も80アラウンドです)からの一言を紹介します。

 

実家について早々、キャリーバックの中身を出そうとしていた時の一言。

「半にな、パソコン教えて欲しいねん」

 

 

あんたも元気だなっ!

 

 

 

『ぽっこりんちょ』

こんにちはdbd半です。

6か月目に入り、随分お腹が出てきました。
6か月なのに、もう出てきてもおかしくない位の見た目です。
ストラップを付けていなくても、もう一人いるな、と確信できるレベルです。

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↑ストラップ・・マタニティマークですね。

電車に乗るときは、座らせてもらう免罪符です。

これ付けてないで、堂々と席を取るのは、年齢的に気が引けてしまうので、やはり強い味方です。

 


そして、皆に言っているのですが、前もって心の準備。
「私太り安んいです!前も相当だったんですが、今回も大きくなると思いますが引かないでくださいね!」
心優し皆は、「ぜんぜんわからないです」と答えてくださる方が結構いて、
着やせタイプの半は「服の下は実は物凄いんだけどな」とつい毒づくと言うか、自虐してしまいます。


・・というのも、前回は増加MAX+18キロをマークしました。通常8キロ〜12キロが目安の中、なかなかのデッカさです。
もう皮膚の伸びる伸びる、伸びるのったらなんの。
ほぼ水分ですが、安産体形まるだしで、腹はもちろんですが、腹を中心として胴体から腿、ふくらはぎまで、たいへん肉付き良くなりました。


最近では、一人目のお子に「おおきくなぁれ、おおきくなぁれ」と言われて、嬉しいやらこれ以上勘弁してくれ( ̄∀ ̄)と思ってしまう始末です。

 


でも流石に2度目の事です。
悪態ばかりついていても仕方ないので、ちょっとコミカルに言葉遊びを書いてみようと思いました。

 

子供絵本で擬音を散らしたお話が複数出版されています。

 

オノマトペの絵本

 

最初にそれらの本を見たとき、大人の半は、「これのどこがおもしろいんや?謎やな~」と思いました。が、今はそれがなんとなくわかります。


子供や赤ちゃんにとって、難しい単語や言い回しよりも、音の響きやリズム、ズンズン!やドンドン!ふわぁ~や、さ~~~っというのは、とても理解しやすのです。

 

子供や赤ちゃんというのは、何やら楽しい!面白そう!というのを敏感に察知する生き物なんです。


そしてそのコアな部分は大なる小なり大人にも残っているわけで、映画やドラマの予告を見ていると、本編は全く分からないのに、想像力が掻き立てられ、ワクワクドキドキしてしまいます。

 

実際はその想像の当たり外れはあるのですが、予告でワクワクドキドキを引き出せただけで、スタートダッシュがとても良いものだというのは間違いが無いでしょう。

 

難しい言葉というのは、複雑な感情や概念をなんとか形にしようとしたものです。

私たちの先人たちの賜物です。

 

でも時に複雑なものよりもシンプルにどストレートに、分かりやすいものに、強い魅力があるものです。

 

と、ちょっとカッコつけて語りましたが、今朝の情報番組で見た「ジャンボリーミッキー」(テレビで2回目の視聴)の歌にも影響されたのは告白しておきますねwwズンズンズンズン!

 

 

さすがディズニー様ですよね。心のときめきの掴み方が上手い!

 

 

 

ドシンプルに楽しそう、柔らかそう、気持ちよさそう、というのが伝わればいいなぁと思います。

 とまぁ、なんか書きたくなったので書いてみますww

 

 

 

 _____________________


「ぽっこりんちょ」  20190729.半

 

 


ぽっこり。ぽっこり。ぽっこりんちょ。
ズドンズドン、ドンドンドン。

 

ぷっか。ぷっか。ぷっかりんちょ。
タタタタ、タタタタ、どっこいしょどっこいしょ。

 


ぽこぽこぽこぽこ、ぽこりん ぽこりん。
ぶくぶくぶくぶく、ぶくりん、ぶくりん。

ドドドドドド、どどどどど、ひーふーひーふー。

 


りんちょりんちょで、ちょりんちょりん。
ちょりんちょりんと、りんちょりんちょ。

 


ほっこりほっこりほっこりんちょ。
ぷっくりぷっくりぷっくりんちょ。

 


ぱりんぱりんと、アッカンベー
ぐりんぐりんと、ぐるりんぱっ
ちょりんちょりんと、あっぷっぷ。

 


ざーざざざ、ずーずずず
ざざっ、ずずっ
ざずっざずっ

 


つーつつつ
つーつつつ

ドドドドドド、

どどどどど、

ドドドドドド、

どどどどど・・・

 


パァァァァルララ
パァァァァ・・ルララ

 


ふぎゃふぎゃ
ふわふわ  ふわふわ  ふわふわ
ふぎゃふぎゃ


ふわりん ふわりん
ふわりんちょ ふわりんちょ

 


ぎゅ ぎゅ 

ぎゅう ぎゅう

ぎゅうりんちょ

 

 

 _____________________

 

ほぼ擬音の作品ww

(半的にはイメージストーリーがありますがご自由に読み取っていただければ幸い^^)

 

 

芝居制作の時も思うのですが、

なんとなく「やってみたい」単に「これ言いたい」って、大事ですよね〜。

 

「意味?意味、特にないけど。ただやってみたくなっちゃたんだよね~。」

 

みたいな。

 

半はこのノリが大好きですww

 

 

引越し

こんばんはdbd半です。

 

芝居ネタではありませんが、やっと終わったぁぁ。

先日から、バタバタの二大柱、引越し作業です。

昨日から今日、その大詰めに取り掛かっていました。

 

 

 

今回は近場なので、最低限の大物だけ業者に依頼し、残りはご友人、ご兄弟の 力を、これでもかとお借りしての作業になりました。

 

 

幸いなことに、皆さま率先して動いていただいき、家族でバッチリスポーツウェアでやってきてくれた方もいました。

 

やる気だ!

 

TPOにあった服装というのは、自分だけではなく、周りもテンションを上げてくれるものなのですね。

 

後ほど、これくらいの装備がちょうどいい事を痛感していくことになります。

 

 

 

ご存知の通り、今週台風が到来。

台風は去ったものの、昨日は霧雨、本日も降ったり止んだりの繰り返し、さらに運の悪いことに運び入れの最中に雨が強くなります。

 

うちの元の住まいは団地でした。

今回の難関はエレベーターが中2階づつにしか止まらないこと。

よって、どのフロアも7段づつほど階段があります。

 

それを踏まえて、少しでも楽をするように台車を購入(おそらくこれ以降使われることはない、芝居以外に・・)

 

 

そして、予想外の困難が・・。

 

 

うち、物、多すぎっ!!!

 

 

やればやるほど思い知るのです。

 

団地は築30年以上。

部分的なリフォームはされていますが根本的な間取りは昭和。

つまり、押入れが物すっごい入る!

 

 

いやぁ、梱包してる時に、やってもやっても終わらない実感はあったんです。

それでも半分ほどは梱包し終わり、押入れの奥を取るのは妊婦にはきついため、最後の押入れの奥は未梱包になりました。

 

 

 

初めましての方もいる中、物すっごい良いチームワークで運び出しを行ったチームハンズ引越し。

 

軽トラをレンタルしたのも良かったです。

階段の段差も承知で運び出しができました。

さっさとせっせと出した後、後半の押入れ奥に取りかかりました。

 

出るわ出るわ。

いるかいらなちか分からない、数年来未開封の箱たち。。。。

 

 

あぁ。これ、確かにこんなものもあったわね・・( ̄ー ̄)

できれば無かったものにしたいくらいだけど、見てしまったからには、有か無か判決を下さねばなりません。

 

うん、ま、有りかな。。。

捨てられない性分はなかなか治りません。

 

 

 

それでも20袋以上燃えないゴミが我が家から排出されていきました。

 

これ以上行けば、実質ゴミ屋敷になっていたのかも( ˊ̱˂˃ˋ̱ )

 

 

 

そうして、やっとの思いでトラックが新居にやって室内までの運び入れを行いましたが、最後の最後で雨脚が強くなるハプニング。

皆、自分が濡れるのも構わず運び入れをしてくれたのです。

 

タオルを差し出すも、家具が慣れなきゃ良いよと、言ってくださる男前っぷり!

 

 

みんな優しい!!!

 

 

 

 

おかげさまで、荷物の全てを無事に新居に移動することができました。

本当に、思っていたより中身が出てきたので、皆様には想像以上にご負担をかけてしまいました!

空間認識って難しい・・。

 

でも皆様のおかげで相当な一気に運び終わり、こうして新居に無事に荷物を運ぶ事ができました!

 

 

 

 

約10年お世話になった団地。

皆様が帰られて全ての物が無くなった時、この場所を選んだ時のことを思い出しました。

 

 

広いなぁ。

キッチンが新しいのか。

学校も近いし公園も目の前。

ここからどんな生活になるのかな。

皆でここにテーブルを置いてごはん食べたりするのかな。

 

 

 

確かに、最初の最初、私はこの部屋に期待を寄せていたのでした。

 

 

それから役10年。

 

 

何度、家族間で衝突したでしょう。

エレベーターの段差にどれだけ泣かされたでしょう。

期待を寄せたダイニングテーブルは、ほぼ物置になっていました。

 

 

ここで、どれだけ赤ちゃんが育つのを心待ちにしたことでしょう。

料理嫌いの半がこのキッチンでどれだけ悪戦苦闘したことでしょう。

取れない油汚れにどれだけ挑み続けたでしょう。

ここで、どれだけ笑ったでしょう。

 

 

何もなくなった部屋を、最後にふきふき。

 

 

もう汚れを拭ききれません。

床に乗っかった赤い跡。

近所の騒音イライラで棒で叩いてしまった天井。

時計をかけるのに元からあった穴に便乗して、より深くなってしまった穴。

 

 

色んな事があったものです。

 

 

 

 

家購入や引越しに反対だった半ですが、

これらの汚れを見ると、やはり必要なタイミングだったのではないかと、深く思えてきます。

 

 

 

最後の最後玄関にお辞儀をして、新居に向かいました。

 

 

 

 

家の近所とは言え、景色はガラリと変わります。

 

きっとまた思いもよらない事が起こるでしょう。

 

それが、当たり前なんだと思います。

それで、良いんだと思います。

 

 

 

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今回買ったブルーシートや台車やトラックの手配方法は、次の時に使ってやるぜと心の中で思っています。

次の時・・お芝居の時ですよもちろん。(^^)

 

 

あ、でもまだその前に、もう一仕事ですね。

 

 

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余裕

こんにちわdbd半です。

なかなかブログが更新できずにもどかしい今日この頃です。
どもども半です。生きていますw

 


ベビちゃんのほうは随分落ち着いてきて、ひどい悪阻に悩まされる事は随分なくなってきました。
代わりに浮上してきたのが、引っ越し業務です。
もう業務と言ってしまいます!


「新居楽しみね!」「新しい物買えてウキウキだね!」なんて気持ちはどこへやら・・。

 

新居購入を決めてから3か月も経つとそんな浮足立った気持ちは顔を引っ込め、目の前にあることをどうしたらスムーズにできるのかという「仕事モード」に切り替わってしまいました。

 

今回はなるだけ低コストで抑えるため、必定なものは業者、それ以外は知人・兄弟・自分たちの手配でやる段取りを組んでいます。

なので、今は荷造りと引越手続きの真っ最中。


段ボール集めから、荷物の仕分け、引っ越し時に必要なトラックの手配や、粗大ごみの廃棄方法、転居に伴う手続きに右往左往しています。

 

半は働きマンでもあるので、基本動けるのは土日だけです。

さらに、習い事やら病院やらの用事が入るので、結局あまり進まず・・。


引越ってこんなにテキパキと行えない物なのでしょうか・・。
芝居の仕込みやバラシなら1日2日で事を澄ましてしまえるのに・・・。うぅ。


それとも主催の方が裏方の裏方をしてくださっていて半が見えていなかっただけなのかな・・。


ふと芝居の事を考えます。

 

 

 


にしても、「余裕」って大事だね。
「余裕」がないとこんなに動きが鈍くなる。
芝居のあれこれは随所で考えてしまうのだけど、具体的には今、なにも手が付けられない状態。

月1日2日の稽古ですら手に負えない。


私の場合芝居はアマチュアで本業がもちろんあるわけだけど、私のライフとしての主軸は芝居なんだとつくづく思う。

だからこそ、仕事でも生活でも「安定」や「余裕」が大事。

 

だって、ガッツリやりたいやん。

 

今は生活のほうがバタついてその余裕がない。

たった月一も、できてない。
やりたいことは山ほど有るはずなのに。

 


芝居をメインにおいているときは、ついつい忘れがちだったと思うんだ。


「なんで稽古場に来ないの・・?」
「連絡がつながらない・・」

 


まだ私は連絡がつながるほどの余裕はある。
でも生活やメンタル、仕事に余裕がないと、芝居に思いっきり舵を切ることはできないね。

dbdをスタートさせてからの丸3年、大変さもあったのだけど、やはり地盤が安定していたからこそできたと思うんだ。
やると決めれば多少の無理(融通を利かせる)をすることはあるけれど、できるって確信していたから。

 


このタイミングってね、本当に人それぞれだと思う。
私は今が、家の用事がメインで、芝居は2番手になっている時だけど、他の人は私がバリバリやっている時かもしれないし、全く違うタイミングかもしれない。

 

どのタイミングで、何が起きるか。


それぞれの人にそれぞれのタイミングが、現れるんだよね。
半は、このタイミングだっただけ。

 

 

 


余裕は大事だね。

 


余裕は偶然手に入る時もあるけど、自分で作れるものでもあると思う。

 

 


振り返れば最近トゲトゲしていたかも・・。

 

 


あまり自分に飲まれないようにしなきゃね。

 

 

 


引越まで2週間。

昨日は丸一日荷造りに時間をかけられた!

ただし、荷造りは、ダストアレルギーなので埃との闘いでもあるのだっ!
(↓二重マスクで防御wマスクの下はドすっぴん(⌒-⌒; ))

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(↓昨日の仕事分)

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あと2週間で一区切り。もうちょい頑張りま~す。

 

 

 

Deep inside

どうもdbd半です。

皆様お元気にお過ごしですか?
あっつい季節になってきましたね。

半は極度の寒がり&エアコンアレルギーなので、いまだに冬服がタンスの中を占めています。
そろそろ、寒くならなければいいんですが・・。

 


さて、少し活動は休止中ですが、芝居について考えます。
具体的なことでは無くて、心のバランスについてです。


私は小さな人間なのでつい周りと比べて良いなぁ・・・と、思ってしまう事があります。
今なら、「芝居ができない」「ダンスが出来ない」「練習ができない」・・・。
いろいろできない尽くしです。


ベビちゃんのせいだ・・なんてもちろん思いたくありません。我慢だっていうのも余り言いたくありません。


でも、今このタイミングで活動できていたら・・・
皆から、ずっと置いてけぼりを食らってしまうんじゃないか・・と思ってしまう事があります。
分かっていたこととは言え、ジレンマはどこにでも付いて回るのです。

 

 

 

 


ところがね、そのジレンマが落ち着き始めました。
それはふとしたことの積み重ね。

 

 

 


前回の記事でも書きましたが芝居仲間の友人が、芝居をやっていない私にエールを送り続けてくれました。


見ていたテレビの中で、出てきた言葉が何故か残りした。「100人が100人、認めてもらう事より、一人でも納得してもらえるなら良いんじゃない?」

 

歌が上手い人が必ず人気があるわけでは無いなぁと改めて思った事。技術では無くても人気がある人って、なんだろう?って思っていた事。

 

 


つまり、人が人としての力をどれだけ持っているかっていう話なんです。

スキルや才能だけでは無くて、その人自身を周りが受け止めてくれているかっていう。


それは、硬い言葉で言えば、《人間力

 


芝居でも演技が上手い人は沢山いる。
下手でも周りに沢山の仲間がいる人もいる。
一人でも、孤高にいい作品に努力し続ける人もいる。

周りから面白くないって言われてもやり続ける力を持つ人も。

 

 

芝居って、芝居やっている自分と素の自分とは表裏一体だと思うんです。
だから、演技の技術は今は磨けなくても、今は自分らしさを磨く時なのかなって。

自分を発信できたらどれだけ良いだろって。

 

 


仲間はとっても大事。
一人の時間もとっても大事。

 

 


私はお客さんに喜んでもらえるような芝居をしたいってずっと思っています。でも、お客さんのためだけの芝居をやりたいわけではないの。
自分の中のたくさんの感情が洗濯機で回されたようにぐちゃぐちゃになってグルグル回されて自分でも分からなくなった状態で。でも絡まりながらでも引っ張り出せる一つづつの衣類のように、芝居は感情の糸を引っ張り出せるところが魅力なんだと思う。

だから根本は、自己表現であって、誰かとか何かとか関係なくて、自分の中で何か疼く感じがして、追いかけてしまう。
これに尽きるの。

 

 

なのに、周りを見ては、色んなことを思ってしまう。


ほんと、どうして人間てこうも人(他人)と比べちゃうんだろうね。
良いものを持っていても、誰かが持ってるオモチャが素敵に思えたり、自分だったらもっとできるんじゃないか、みたいな根拠のない憶測をしたり。

 

 

 


私自身がもっと、自分らしく、誰かと比べてしまう枠組みから、離脱したい。

そこからかけ離れて凄いものは凄い!って賞賛できて、カッコイイって思うものに痺れて、良かったよっー!って、エールを送れるようになりたい。

 

 


ま、まだまだ何度もその枠に落ちてしまうだろうけどね^^;

 

 

 


それでも、今は少しだけ、前より霧が晴れたような気持でいます。