dbd-hans-collection101のブログ

さぁ、世界をつくろう。 人生には刺激が必要だ。 dbd-hans-collection略してdbdの半のブログ。ほぼ一人で立案から創作完了まで行う芝居何でも屋。そんな芝居人、半が感じたアレコレを書き綴って参ります。

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文系本領発揮!半ちゃんの「よだかの星」考察 PART3!「色」

どもどもdbd半です。

さて、このコーナーも第三弾になってきました。いやいや、別段コーナーというつもりはなかったんですが(笑)言いたいこと全部言ってやろうと思ったらこのような感じになってきましたσ(^_^;)

 

私は遅筆なうえに、特に今動画の画像追加や、デザインや、職場では今更ながらワードのMOS勉強までし始めてましてやりたい事づくしなのです。σ(^_^;)

形になるまでは、少々時間がかかるので、のんびり各駅停車に乗った気持ちで、投稿既読していただければ幸いです^ ^

 

今まで同様関連サイトと過去ブログと今回の目次です。

 

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よだかの星青空文庫より
よだかの星 宮沢賢治

http://reception.aozora.gr.jp/aozora/cards/000081/files/473.html

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イメージ画像などモリモリの過去ブログ

 


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前回にも挙げました目次です。


目次
《長く愛される理由〜描写》
①単語、「もう」「まっすぐ」「まるで〜ように」が多い!のはなぜ⁉︎


②情景描写は五感から入る!


③色

《長く愛される理由〜ハッとする瞬間》
④よだかはなぜ星になれたのか?
⑤よだかの“さいご”はいつなのか?
⑥ナレーションは何者なのか?演劇においてのナレーションのポジション

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さて、本題に戻してまいりましょう!

 

 

今回は「色」のお話し!

 、色

 

あ、なんか並べたら亀っぽいww

 

皆さんは、何色が好きですか? 

何かで読みましたが、心情的なものが好みの色に反映するらしいですよ。選ぶ服の色とか、手元に置いておきたい雑貨の色とか。気がつくと似たような色を選んでるなぁってことあると思うんですよね(^^)

 

半はね昔でした。

青は典型的な寂しがりや

そのあと、白っぽいピンク系に。

ピンクは甘えたいとか情愛とかだったりしたように思います。そういえばちょうど、ピュアピュアラブビームのときでした。ああ、もう遠い昔っ!(笑)

そして今は水色です。

水色はよく分からなかったので気になったので調べて見ました。

 

心が解放的な時。
希望を感じている時。

飾らず、素の自分・自然体で居たい時。
リラックスしたい時。

繊細な気持ちになっている時・・・

 

参考:

はい(^◇^)いい部分取り上げちゃってます(笑)

 

皆さんはどんな色が好きですか?

水色以外にも他の色の持つイメージやメッセージってたくさんありますよね。

こちらのサイトはまとめてたくさんの色について端的に書かれていたので、合わせて貼り付けさせていただきますね。

好みの色はどんな意味合いになるのか、見てみると面白いですよ!

 

参考:

 

※色と心情について何個か見て見ると、同じ色でも多少見解が違っているようなので、絶対的な意味と囚われるのではなくコンパスの針のように、おおよそ、このあたりの意味合いとしてご参考ください。

 

はい。長い前置きをさせていただきました。

 

ここで言いたいのは、色から心情が読み取れること。色のイメージと心待ちというのは一つのメッセージになっており、皆様にも身近にそれを感じていただきたかったのです。(^^)

 

では、本題の「よだかの星」に入ってみてみましょう。

 

よだかの冒頭

 

よだかは実にみにくい鳥です。

顔は味噌をつけたようにまだらでクチバシは耳までさけています。 

 

色という天で、この文章で目を引くのが、味噌をつけたように、のくだりではないでしょうか?

 

味噌をつけたように。

 

昨今ではあまり見ない形容の仕方ですよね。

そこをもう少し想像を広げて思い描いて見ましょう。

 

顔に所々、茶色い味噌

 

クチバシといえば黄色でしょう。口の中は赤。黄色は耳までさけています。

  

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いかがでしょうか?

 

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あぁあぁ、もう! 

絵心っっ! (笑)

仕方ないです。( ;∀;)

 

本当のイメージはご想像にお任せします。m(__)m

 

きっと、かわいそうだったのには間違い無いのです。はい、間違いありません!

 

 はい、皆さん少し落ち着いてくださいね。

 

ここからまた少しちゃんとしたお話になりますからね。σ(^_^;)

 

よだかの星は、冒頭の味噌をつけたようにを発端で茶色っぽいイメージから話が進みます。

 

ここから重要になってくるのが、文体の中で色を良く表現しているのがだということです。

 

文体に表現されているのは主に、空、山、物象(星や太陽)これらのの景観です。

この変化が、よだかの心情とマッチングしていく流れは、匠の技だと言えるでしょう。

 

よだかの星の文面を見てみましょう。

 

  あたりは、もううすくらくなっていました。夜だかは巣から飛び出しました。雲が意地悪く光って、低くたれています。夜だかはまるで雲とすれすれになって、音なく空を飛びまわりました。
 それからにわかによだかは口を大きくひらいて、はねをまっすぐに張って、まるで矢のようにそらをよこぎりました。小さな羽虫が幾匹(いくひき)も幾匹もその咽喉(のど)にはいりました。
 からだがつちにつくかつかないうちに、よだかはひらりとまたそらへはねあがりました。もう雲は鼠色(ねずみいろ)になり、向うの山には山焼けの火がまっ赤です。
 夜だかが思い切って飛ぶときは、そらがまるで二つに切れたように思われます。一疋(ぴき)の甲虫(かぶとむし)が、夜だかの咽喉にはいって、ひどくもがきました。よだかはすぐそれを呑(の)みこみましたが、その時何だかせなかがぞっとしたように思いました。
 雲はもうまっくろく、東の方だけ山やけの火が赤くうつって恐(おそ)ろしいようです。よだかはむねがつかえたように思いながら、又そらへのぼりました。
 また一疋の甲虫が、夜だかののどに、はいりました。そしてまるでよだかの咽喉をひっかいてばたばたしました。よだかはそれを無理にのみこんでしまいましたが、その時、急に胸がどきっとして、夜だかは大声をあげて泣き出しました。泣きながらぐるぐるぐるぐる空をめぐったのです。
(ああ、かぶとむしや、たくさんの羽虫が、毎晩僕に殺される。そしてそのただ一つの僕がこんどは鷹に殺される。それがこんなにつらいのだ。ああ、つらい、つらい。僕はもう虫をたべないで餓(う)えて死のう。いやその前にもう鷹が僕を殺すだろう。いや、その前に、僕は遠くの遠くの空の向うに行ってしまおう。)
 焼けの火は、だんだん水のように流れてひろがり、雲も赤く燃えているようです。

 

 

 

 

 

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まがまがしさ、不穏さがどんどん増していくのがわかります。

 

そして、この画像では赤一色にするのが難しかったのですが、赤の色(血)とよだかが”死”を意識する印象が同時進行で強くなっていくのが分かります。

 

 

このイメージを少し写真でも撮ってみました。

 

【どんどん"うす暗く"から"黒"になっていくイメージ】

 

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【山やけのイメージ】

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 はい、やっとここまで来ました。

今回のお話のもっとも言いたかったこと。

 

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もし、舞台でやるなら、こんな照明にしたい!

 

やはり私は芝居人です。舞台の話から離れるかなという流れで「よだかの星の考察」を書いていましたが、なかなか舞台からは離れられません。いや、むしろ舞台をから絡ませるからこそ、舞台の視点でだからこそ、書けるのです。

 

実際は映像動画などを作成し、しばし会場ありきの舞台からはご無沙汰しておりますが、半の思い描くのはいつも舞台のイメージです。

 

この色と心情というのがリンクしているなら、舞台であれば、照明の明かりで表現することができます。

特に私は舞台の明かりが好きです。照明の知識は小指の第一関節ほどしかありません。ですが、ライトが照らし出す光の線を思い出すと、心が震えます。世界が広がります。

雲から漏れた日の光を天使の階段というように、舞台の照明というのはとても美しいと思いますし、またこれほど心情を表すのにもってこいなものは無いのです。

ただの情景表現のようで実はよだかの心を表す表現を舞台の照明なら作ることができます。

 

残念なことに今の現状、私が舞台の明かりを作って皆さんにお見せすることはできません。

なので、今ある生活の中でよだかの心情を表現するなら「こんな感じ」というのを身近なところでみつけたのが、「ここ」でした。

 

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電線などがあるのは、創造力でカバーして頂いてσ(^_^;)

前の木々はさほど大きくないのに、後ろに映る影によって不安さや不穏さをだすような感じ。

燃え山を見つめ、よだかの心が黒から赤に染まってく1カット。 

 

できうることなら、ライトに変化をつけて

舞台全体を青中心にそめて。

そこからダークグレーを表現するように光量を調整

ねずみ色っぽく黒っぽい青

グラデーションをかけてゆっくりと黒っぽく変化

別方向から差し色の赤

黒からどんどん赤に染まっていくグラデーションに変化(影の揺らめきを利用)

 

糧とし命を奪うよだかが、自分が命を奪われようとしてはたとその重さに気づき死に魅了されていく工程。黒から赤に囚われていくイメージ。

 

つまり、トップに貼らせて頂いた、色から見る心情についての、サイトによると・・

役立つ!色の効果・イメージについてのまとめ記事 - SIRUHA

灰色の弱点

優柔不断、曖昧、無気力などのマイナスイメージもあります。

                    ※一部抜粋

黒の弱点

不安、恐怖、絶望感、圧力、劣等感などのマイナスイメージが多い色です。

 

黒のイメージ

黒はすべての色を吸収した色

闇 無 不安 恐怖 絶望感 

                                             ※一部抜粋 

赤のイメージ

血や肉など、人が生きるために必要なものと関係が深い色

                                              ※一部抜粋

 

なんて綺麗な流れなんでしょか。

見事に景観とよだかの心情はリンクしています。

 

それはこのの表現を巧みに使うから、ならではなのだと思います。

 

 

もし、次に私が演出をやる機会があるなら、ただの景色としての照明の明かりではなく、話の流れに沿った心情を表す明かりを、照明さんにリクエストして行きたいと思います。(^^)

 

あぁでもこれって照明さん泣かせなんだろうな。σ(^_^;)明かりを作るのは簡単ではないのでσ(^_^;)

 

私も照明の知識もどんと入れて行きたいな!

 

あぁ、その前にデザインもだし、その他もあるし、、ま、なんでもやっていくのみです!(^^)

 

あ、そうそ、一つ残念なことが。

この赤い山のくだりを、劇団アクアさんの本番では時間的な問題でカットしています。

m(__)m

ここまで話しといてなんだよ!ですよね。

ですが、同じようにその他の文体にも色に関わるメッセージは含まれています。

今回は一番印象に残る部分だったので取り上げさせていただきましたm(__)m

 

どうしても、なんだよ!という気持ちが収まらない方がいらっしゃいましたらメールで一声、ご連絡下さい。m(__)m

アクアさんに相談してフルバージョンを録音し直すか、もしくは私だけでフルバージョン朗読させて頂きますσ(^_^;)

 

さ、やっと次回『「よだかの星」の考察』後半に入ります。どんどん深みに入って行きますからね〜ヽ(*^ω^*)ノどうぞお付き合い下さいね★

 

 

 

==============°=°==============

最後に動画進捗状況です。

実はまだ本番を迎えた動画を編集しております。

今回は音声を中心にして静止画&その他イメージ画像を展開に合わせて切り替えを行なっています。

ある程度形にはなってきていますが、もう一度見直しをかけるところです。

動画編集はやはり不慣れでまだまだ未熟ですが、創意工夫はしておりますので、気長にお待ちください。m(__)m

============°=°===============

 

 

 

 

文系本領発揮!半ちゃんの「よだかの星」考察 PART2!「五感」

こんばんわdbd半です。

 

さ、皆様、前回は少し脱線しましたが閑話休題

 

前々回に引き続き、

今回も「よだかの星」文系半ちゃんによる独断と偏見での考察第2弾を行なって参りますよ!

では、最初に関連内容を貼り付けますので、まだの方、もっかい見てみようという方はご参照くださいませ。

 

よだかの星青空文庫より

よだかの星 宮沢賢治

 

イメージ画像などモリモリの過去ブログ

 

 

前回にも挙げました目次です。

 

 目次
《長く愛される理由〜描写》
①単語、「もう」「まっすぐ」「まるで〜ように」が多い!のはなぜ⁉︎
②情景描写は五感から入る!
③色

《長く愛される理由〜ハッとする瞬間》
④よだかはなぜ星になれたのか?
⑤よだかの“さいご”はいつなのか?
⑥ナレーションは何者なのか?演劇においてのナレーションのポジション

 

前々回は、この①の項目について書かせて頂きましたね!

 

今日はこの続きです。 

②情景描写は五感から入る!

 

半はね、この五感から入るというのはてもてすごいテクニックだと思っているんです。なぜなら、ただの状態のものが、一気に人間らしさを醸し出しアウトプット側(書き手・作者・表現者)とインプット側(読者・視聴者・お客さん)がシンクロする書き方だと思うんです。

 

そう、この五感というのがポイントです。

 

ちょうどカメラで必要なところにピントを合わせたとき、周りはぼやける変わりに一部に焦点が当てられ、その一部分を鮮明に焼き付けるようなイメージ。それが、文字におこされたとすればきっとこのような表現になるのだと思います。

 

こういった手法は、今の小説文学でも多分に使われていますよね。特に効力を発するのが一人称の書き物の時です。とてもリアルな世界を読者に味合わせてくれます。

 

 そうリアル。

 

例えば。お家にあったこちらのご本。

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愛川晶作「 6月6日生まれの天使」 より抜粋

 

   よだかの星のシーンにも出てくるような、眠りから覚め、況を確認し意識がはっきりとしてくるシーンです。

 

・・荒い息遣いが、聞こえた。

しばらくの間、自分自身が呼吸する音だと気づかなかった。肩が大きく上下している。

喉がカラカラに乾いていた。二、三度唾を飲み込んでから、静かに眼を開けてみる。視野全体が白一色に塗られていた。

雪の荒野・・・・違う。そんなはずはない。何しろ、この暑さだ。

   ※特にこの小説を選んだ意図はありませんが、一人称のイメージがとても強くありました。というか、一人称でしか書けない小説ですよね(笑)

 

 

・・荒い息遣いが、聞こえた・・先ずは聴覚から現在の状況のヒントが出てきます。

次に意識が出てきて

肩が大きく上下している。・・体の動き、つまりは体感、喉の渇きから味覚、視野全体が白一色に塗られていた。というところから・・視覚、そしてさらにはっきりとした意識。

 

手探りで状況を探るという時、このように五感をフルに動かせて丁寧に一個づつ情報をキャッチして次の情報を収集、それらを総合的な観点から意識に結合させていきます。

 

その一つづつの所作は実は普段何気なくしている所作と変わらないはずなのに、一つづつを挙げていくことで、より鮮明で印象に残りリアリティを引き出します。

 

 

では、「よだかの星」に振り返ってみてみましょう。

 

 

倒れ込んだよだかが、めを開けるシーンです。

つめたいものがにわかに顔に落ちました。よだかは眼(め)をひらきました。一本の若いすすきの葉から露(つゆ)がしたたったのでした。もうすっかり夜になって、空は青ぐろく、一面の星がまたたいていました。

 

つめたいもの、、触覚

眼を開きました、、行動

一本の若いすすきの葉から露が滴ったのでした。、、視覚

一面の星が瞬いていました。、、視覚

 

具体的に見ていきましょう^ - ^ 

倒れ込んだよだかは目からの情報はありません。

皮膚に落ちた冷たい感触。これが唯一の情報なのです。

そこから、瞳をあけ、目からの情報が飛び込んできます。

若い一本のすすきに残った露の塊。ちょうど目の前にあったものなのでしょう。ああ、これが自分の目を覚まさせたのかと、気づきます。

そして、視野が広がりその一本のまだ露が残ったすすきの向こうが見えてきます。

一面の星が、瞬いていました。

 

いかがでしょうか?一挙一動で情景がどんどん浮かび上がってきませんか?

 

面白いことに、この短い一文ですが、ト書き(舞台では台本でセリフ以外の動きを書いたものをト書きと言います。)に当たる部分は、このようによだかの心情と非常にリンクしています。※今回私たちがやったト書きは朗読劇だったためナレーションがセリフとして朗読しています。 

 

読者を主人公と同じ目線に持ってくる効果をもらたしているんです。

 

これはね、めちゃくちゃ印象に残る!

 

読者が(朗読劇でいうと視聴者が)、読者と同じものを感じて行動して同じ視界になるってことなんですよっ!!

 

例えば、これが、

 

若いすすきの葉から露がしたたり、よだかは目を覚ましました。もうすっかり夜になり一面の星が瞬く夜になっていました。

リライト:半 

 

文章としては成り立ちますが、印象に残る物はありますか?

 

ただの状況を述べいるだけです。読者としてはどちらかというと面白みに欠けますよね?

 

 

そしてね、演劇面でいうと、こういった描写はね、役者にはおいしいっ!!ものなんです!!

 

えっ?何がおいしいかって?

 

役者は五感を感じ最終的にまた感じ続けながら、台詞を発します。

「おいしい」というセリフがあるなら、何を食べてどんな感触だったのか、味はどんなものだったのか、それを踏まえて出てくるのが「美味しい!!」というセリフです。

 

普段は、どんな感触でどんな風に食べてどんな味だったかなんて、セリフとして言うことはありません。

セリフに「おいしい」と書いてあれば、それまでの動きや気持ちを作っておいて、タイミングよく音を出すだけて、言うのは「おいしい」だけなのです。

 

この前振りをね、セリフとして言えるって言うのはね、役者にはよりお客さんと同期できるチャンスってことでもあるんですよ!

 

同時進行でお客さんにも、その心情を一個ずつ吐露することで落とし込んでいくわけですからね!

これ以上に、お客さんをシンプルにフェイドインさせていく手法はあるでしょうか? 

 

そして、その一つづつの五感が繊細であったり美しさを持っていればなおのこと、このくだりはカッコいい見せ場になります!

 

ただでさえ、こういうくだりはお客さんも耳を傾けているわけです。五感から入るなら利き手読み手(聞き手) 自身も五感の感度が良くなっているはずです。

 

そこに情景の美しさや繊細さきらびやかさをプラスするなら、ただ美しいというものではなくキラキラと輝く宝石のような美しさを感じたり、今にも崩れ落ちてしまいそうなトランプタワーのような繊細さを出せたり、咲き誇る大輪の花のようなきらびやかさをお客さんにも感じ取ってもらうことが可能です。

これほど最強なテクニックはないのではないでしょうか?

 

ちなみに、私が一番最初に行った映像芝居『エンドレスサマー』こちらについてもそのような描写がありました。

 

時間の都合上、どうしてもカットしなければなりませんでしたが、これは大好きなシーンの一つなので、少し抜粋して書かせていただきます。

 

女の前に、謎めいた男が現れるシーンです。

 女 (引用個所はすべて台詞です-一人芝居)

蛍みたい・・・

まずは足元から。ああ、いつもと同じだわ。少しくたびれた茶色い編み上げ靴、針葉樹の葉のような濃いグリーンのコードュロイのパンツ。水色の紺色の千鳥格子模様のフランネルのシャツ。いつも顔はあらわれていないのに、左手で膝のあたりをせわしなくたたいている。無精ひげがまばらなシャープなあご。口、鼻、・・・。

そう、目と眉が出て明らかに寂しさが伝わってくる。右手には一冊の本。ため息を一つ。ここまではいつもと同じ。ついで動く口物との形は・・・・ああ、今日も読み切れない。

 

やっぱり今日も

そうやって黙ってひとり本を読んでいる。

 引用:エンドレスサマー

 

どうでしょうか。こちらは主に目線をたどる形で、女の視線が徐々に上に上がっていくのがとてもよくわかります。男がゆっくりと足元から現れる様子でもあります。

目の前に不思議と現れるこの世界観。

それから口元から発するであろう声(音・聴覚)を期待するが、けれどもそれが得られないもどかしさ。

ただの状態ではなく、そこから男の物憂げな寂しさと、男に何かを求める女の期待とそれがかなわないと分かっている不快感が表現されています。

 

あぁ、なんて素敵なセリフなんでしょうか。本多さんありがとう。

次回再演するならカットなしオールフリーで臨みたいです。(笑)

 

脱線ですが、まだエンドレスサマー(カット版をご覧になっていなければどうぞ見てみてくださいね☆)

youtu.be

 

 

いかがでしたでしょうか?

おそるべし宮沢賢治さんです。

宮沢賢治さん作品はたくさん映像になったり朗読されたりしています。

役者にとって制作者にとって、これを言いたい!このシーンを作りたい!と思わせるものがたくさんあります。

それって良い台本(やりたいなと思う台本)の一つの要素なのではないでしょうか?

 

よだかの星の情景がとても美しく感じるのは納得です。

こういったシーンがみんなを魅了するのかもしれませんね!^_^

 

 

 

演技が上手い=えらい は大間違い!〜笑ってここにいて〜

こんばんは。

dbd半です。

よだかの星の考察、書きかけでは有りますが、今思いたる事も書き連ねたくなり、脱線してお話したいと思います。^_^

 

演劇(芝居)というと、、

役者、または俳優、女優

 

がすぐにイメージされますよね。

 

ここでは、全般含めて役者としますが、

演じるのが上手いからといってその人がエライわけではない!!

という事を強く言いたいのです。

 

 

劇団というのは往々にして、演出がトップに君臨し、主役、中堅、新人といった流れで組織が成り立つ傾向にあると思います。

 

でね、やっていくとね、だんだん分かるんですが、演技が上手い人が必ずといって演技を教えるのが上手い、という訳ではありません。

逆に、教えるのが上手いからといって舞台で映える役者かというと実はそうではなかったりします。※もちろんどんな世界でもマルチな方はいらっしゃいますので、そういう方は別格なんですけどね。

 

それがね、初められて早々、もしくはある程度演技力が付いてきた時には、そこを勘違いしてしまうことがあるんです。

 

これは私が学生の頃です。

私はある程度なら初見で役らしきものを作ることができました。

友人たちも一目置いてくれていたと思いますし、少しくらいならできると自分でも思っているところがありました。

 

私の性格上それを鼻にかけることはありませんでしたが、心のどこかでもっとレベルの高いところへ行きたいと周りを軽んじているところが、少なからずありました。

 

そして、ある本番を迎えました。

プライベートも混濁した時期でもあり、私はそこそこの役作りしかできていませんでした。

 

その後、アンケートをみて、案の定、あまり自分の名前が挙がっていないことにも気づきました。

 

そしてそのビデオを見る機会がありました。

私は愕然としました。

 

「一番不器用なあの子が一番目立ってる」

 

なんていうことでしょう。私は何をしていたんでしょう?何がしたかったんでしょうか?

 

彼女は、そんなにメインの役ではありませんでした。返して私はメインの敵役で自分が望んだ役でしたし美味しい役でした。

が、全く面白くない。

彼女は、出てくるたびにその子だと分かるし、目が引っ張られます。滑舌もよくはありませんが、一生懸命さが役とあっていて共感を得られます。

 

明らかに、彼女の方が、いい役者でした。

 

今、私はお芝居の関係者の方とお会いする機会があります。一昨日参加させてもらったWAMさんでも、初めましての方がほとんどでした。

お芝居経験者の方から初めての方まで。

 

私は経験者ではありますが、初めての方にもハッとさせられることが多々あります。

経験者同士の中でも、この方はこんなことできるなんて凄いなぁと思うことがたくさんあります。

 

ま、私自身きちんとした演技の勉強をしたわけでもちゃんとした劇団に所属したわけでもないのですから、私が凄いなぁと思う方がたくさんいるのは当たり前の話なんですけどね(^^;

 

でね、

 

いくつか劇団さんを回らせて頂いて、その中で半はね、特に凄いなぁと、思う人がいます。

 

それはね、稽古の進行中、ずっと笑っていてくれる人です。

失敗しても、上手くいっても、愚痴っぽくなっても不安になっても。

 

「はははっ、それ、おもろい!」

と言ってくれたり、

「なんだそれっ!!ははっ!」

と突っ込んでくれたり、

 

「大丈夫!はははっ!なんとかなるって!」

 

と、背中を押してくれたり。

 

ただ、楽しそうに、してくれる。

それだけで、場の雰囲気全然違ってきます。

安心感があります。新人さんに対しても経験者に対しても自分に対しても。その場を楽しんでくれる人です。

 

ハッキリ言って役者なんておかしな生き物です。

急に泣いたり笑ったり、地べたに這いつくばったり、好きでもないのに抱き合ったり、ぶっちゃけ奇病に近いです。

 

自分でもわかっています。

ぶっちゃげ恥ずかしいんです!!!

 

役者はその恥ずかしさを取り去ってなんぼなものですが、稽古場でもそれを白々と見られた時には、とてもとても。居ても立っても居られません。さらに次の演技に入るのは至難の技です。それが新人さんならなおのこと。

 

笑いというのはね、それを、取り去ってくれる。受け入れてくれる。包み込んでくれます。

 

これは、どんな敏腕の主催でもできません。

メンバーの中にそういう人がいることが大切で貴重なんです。

実際、アマチュア劇団なら、主催や演出が稽古場の進行をする人がほとんどでしょうから、実際はこの稽古で良いのか?皆んなに伝わってるのか?皆楽しめてるのか?と、ど緊張のど真ん中にいる張本人です。

 

主催にとってこんなありがたいメンバーはいないのです。だって主催は、皆と楽しくやりたくて仕方ないんですから。

 

そして、もう一人。

メンバーとして所属していて一見目立たないけど毎回稽古に来てくれる人です。

こういう人は特に意見を述べることなどは無いと思います。ただコンスタントに毎回稽古場にきて参加して帰って行きます。

 

こう言った方も実は絶対的に貴重な存在だったりします。

 

主催、演出、役者、スタッフ、実はそれぞれがそれぞれの世界を持っているし、それを表現したいがために、お芝居を始めるわけですよね。

 

ですから、時には意見の相違もあれば、ついていけない、、、なんて事もある訳です。強い関心があればあるほど起こりえる摩擦です。

そんな時、一番周りをよく見ている人はこう言う人だと思います。

もちろん自分達で話し合い打ち明けあい、高みを望めればそれに越したことはありません。

 

でも、やはりどこかで発言力の強者や弱者が出たり、納得できないまま稽古がすすみ本番になり、場合によってはお芝居が嫌になってしまう事もあります。

 

そんな時にね、大きなキャパを発揮するのが、こういう方なんじゃないでしょうか?

 

納得できない胸の内、分かっていてもできない歯がゆさ、、整理がつかないぐちゃぐちゃ。

 

これを受け入れてくれる存在。

 

演技の上手い下手が劇団メンバーとしてのポジションを決めるものでは決してありません。

もちろん皆、上手くなりたいのは大前提です。

教えてもらうのなら、相応の姿勢をとる事も必要です。

 

でも。

 

マチュア演劇に関して言うなら、お芝居が好きで継続していく同じメンバーがいるなら、実は演技の上手い下手ではない重要なポジションを貴方が担っているのかもしれませんよ。

 

ただ、いてくれるだけでも。

ただ、笑ってくれるだけでも。

 

もし、あなたが毎回の稽古に参加していたり継続しているにもかかわらず、自分は演技も下手だし大した意見も言えないし、、なんて凹んだりする事があるなら、安心してください。

 

あなたのポジションは、誰にも真似できないメンバーの重要な役割です。

 

ついてきてくれること、そこにいてくれること、笑ってくれること、これがどれだけ重要か!

その事を知らないメンバーは、まだまだヒヨッコちゃんだなぁと半は思っています。(*´-`)

 

 

と、劇団メンバーについて熱く語ってはいますが、dbdは、ほぼ一人メンバーなんですけどね!(笑)

 

うん。

そういういろんな思考があっても良いし、相互作用があるからこそ、新しいアイデアも産まれたり助け合ったり補ったりすると思うんですよね。それが楽しい!

今から始める人も、熟練者の方も、劇団てなんぞや?と思う方も、あなたがいるからお芝居はできるんですよ^ - ^

 

でもま、そもそも表現に正解も間違いもないわけで、そこでエライ、エラくない、なんてないんだけどね!!

 

(笑)

 

文系本領発揮!半ちゃんの「よだかの星」考察

こんにちは。どうもdbd半です。

 

前回、言っていたとおり、半から見た「よだかの星」の考察をしてきたいと思います^_^というか、解釈とか感想かな?

 

私は元々文系で名ばかりですが、文学部国文学科の卒業なのです。文学ができるわけではありません。ただ、文学的なことをあれこれ考えるのは楽しい分野でした。

 

なので専門的な知識はありませんので、かなりの独断と偏見です。σ(^_^;)

 

演劇というか、作品をさらに突っ込んで楽しんでみようという試みです。

 

ではでは、ここから、文章を何度も振り返りたいと思っていますので、青空文庫より「よだかの星」の全文をを貼り付けますので、読み返しながら、見ていただけたらと思います。m(__)m

 ※私がやった朗読劇では、公演上の理由で一部内容をカットしていますが、より宮沢賢治の内容に近づく為原文で追っていきたいと思います

http://reception.aozora.gr.jp/aozora/cards/000081/files/473.html

 

イメージ画像をたくさん貼り付けさせてもらってるので、こちらも合わせて見ていただくと、より楽しんで頂けるのではないかと思います。

 

 

 なんか、長くなりそうなのでσ(^_^;)なるだけ固くない表現で進めていきますね。

ブログで長くて固い文章だと私みたいなタイプは飽きちゃうと思うので(^ー^)

 

目次

《長く愛される理由〜描写》

 ①単語、「もう」「まっすぐ」「まるで〜ように」が多い!のはなぜ⁉︎

②情景描写は五感から入る!

③色

 

《長く愛される理由〜ハッとする瞬間》

④よだかはなぜ星になれたのか?

⑤よだかの“さいご”はいつなのか?

 ⑥ナレーションは何者なのか?演劇においてのナレーションのポジション

 

 

では、まずはこちらから。。

 《長く愛される理由〜描写》
①単語、「もう」「まっすぐ」「まるで〜ように」が多い!のはなぜ⁉︎

 

文章を少しばかり追っていきましょう。(^^)

冒頭です。

 

 よだかは、実にみにくい鳥です。
 顔は、ところどころ、味噌(みそ)をつけたようにまだらで、くちばしは、ひらたくて、耳までさけています。
 足は、まるでよぼよぼで、一間(いっけん)とも歩けません。
 ほかの鳥は、もう、よだかの顔を見ただけでも、いやになってしまうという工合(ぐあい)でした。

はいこの一節だけで、「まるで」「ように」と「もう」が入っていますね。

 

他にも

もう名前を聞いただけでも、

 

まるで鷹のように見えたことと、

 

私はもう死んだ方がましです。

 

あたりは、もううすくらくなっていました。

 

まっすぐに飛びながら

ちなみに、 このまっすぐに飛びながらは三連発しています。

 

これらのワードは他にもモリモリ文章にあり列挙していくとかなりの量です。(・Д・)

皆さん、これってどういう事なんでしょうか?

 

どういう印象がありますか?

 

 

私はね、単純かつ効果的!

こう思いました。

 

まるで、というのは何かに例えるときに使う言葉ですよね?

まるで鷹のように🦅

まるで矢のように、

まるで夢をみているようでした

 

どうですか?ただ飛んでるだけより、よだかの動きや、頭の中がよりイメージしやすいですよね?

 

頭の良い方は例えが上手いと言われています。

誰にでもそのイメージを伝えるためには、例えというのは非常に効果的な手法です。

にしても、半的には若干使いすぎな気がします。

 

そして、「もう」です。これは感嘆文に近い意味を持っていますよね。

 

何より半はね、感嘆文の中でも、このもう大好きです!!

 

いきなり大好きなんて言ってびっくりですよね?(笑)

でも、なんか良くないですか?だってね、

 

もうじれったい!

もう信じられない!

もうやだー‼︎

もうらたまらん‼︎

 

ブログを書く参考に時々読ませていているあるブログに、このもうが連発されていました。

 

もう、このもう!が良いんですよね。文章体というより口語体。口語体の中でも、心の奥底からくるジワリ感を感じるのです。

ああ、この人、本当に好きなんだなぁ。

本当にそう思ってるんだなぁ。

 

文章の美しさで言えば、「嗚呼」とか「ああ」の方がとても均整が取れています。感嘆を表す時にはとても一般的ですし、漢字を充てても、そこはかとなく美しさがあります。

 

でも、それをくずしてでも、内面からくる本能に近い感嘆を半はこの「もう」から感じ取るのです。

 

・・ にしても、宮沢賢治さん、もうもうめっちゃ使いすぎじゃないですか?

 

次に、「まっすぐ」です。

このまっすぐは、よだかの飛び方の時に毎度と言っていいくらい出て来ます。

 

よだかはまっすぐに、弟の川せみの所へ飛んで行きました。

 

夜だかは、どこまでも、どこまでも、まっすぐに空へのぼって行きました。

 

イメージとしてはよだかの真面目さ、実直さ、素早さ、力強さを感じます。

 

よだかは、鷹に似ているという位なので、元々ポテンシャルの高い生き物なのでしょう。けれど、周りからなぜかいじめられる。

 

実は素晴らしい能力を持っているのに、外見によってイジられ、きちんと評価されていない。

 

このまっすぐという飛び方にはよだかの性格が反映されているようにも思います。

 

でもでも、やっぱり使いすぎじゃないでしょうか???

他にも違う言い様ってあると思うのですが・・。

 

 

さて、これで「まるで〜ように」「もう」「まっすぐ」が出揃いました。

どうでしょうか?

皆様がもつ印象もきっといろいろあると思いますが、どんなイメージですか?

 

私がここで言いたいのは、実はこの「言い過ぎ 」な事について言いたいのです。

 

同じ言葉を単純に繰り返す使う。

これって、むか〜しに思い当たることありませんか?

 

「〇〇ちゃんがね、〇〇ちゃんがね、まっすぐね、鳥さんみたいに走って行ったんだよ。△△もね、走っててね。〇〇ちゃんもね、まっすぐねまっすぐいってね、バーンてぶつかったんだよ。」

 

イメージとしては、どうでしょうか?

 

具体的な内容よりも、一生懸命さとまっすぐというメッセージだけ頭に残らないでしょうか?

 

単純なワードを繰り返すというのは、サブリミナル効果をもたらしますし、誰でもわかる聞き慣れた言葉なら尚のことではないでしょうか?

 

宮沢賢治さんは、あえてなのか、どストレートな方なのか、それは分かりません。ただこれは一つの仕掛けだと思うのです。

 

この繰り返しを重ねてくる辺りに、半はこの「よだかの星」がたくさんの人に親しまれる作品の基礎では無いかと思えて仕方がないのです。

 

さて、予想通りまだ目次の一つ目なのに、長くなって来ましたね。^_^

 

 

ここで、一旦区切ります。

こんな調子ですので、少し演劇っぽくはないですが、こんな事を考えながら半は練習していました。

 

するとね、どんどんどんどん新しい発見が出て来ます!

よければ次回も見に来てくださいね!

 

 

 

 

 

 

朗読劇「よだかの星」と「たくさんのお月様」の公演後記

お疲れ様です。dbd半です。

 

やっとこさ、あのインフルから解放され日常生活に戻ってまいりました。

 

 

いやぁ、長かった。

今回はかなりの強敵でした。

見事に一家全滅。危うく一家全員ニート生活に慣れてしまうところでした。

 

毎日普通に過ごせるのが、一番ありがたい(しみじみ)

 

そして、一日一食生活もあったのに、全然痩せない!日常生活に戻ったのは良いけど、体がなまってる感がハンパないっす。

今度は、わむさんの稽古に参加するので、それまでには完全復帰したいところです。

 

さ、現状はさておき、編集後記ならぬ公演後記をしていきたいと思います。

 

の、前に動画のアップに関してですが、こちらも非常に遅れています。

オープンされた会場での朗読劇だったため、通行人の方も映ってしまっているため、音声と静止画でアップする予定です。が、ここに効果を入れようか迷ってるんですよね。

 

聞き手であれば効果音や音楽があればさらに楽しんでもらえると思うのですが、アクアさんの作品なので下手にいじるのはどうかなと思ったり。

でも折角やるんなら、絵本のようにイラスト画像や効果音をプラスしたら面白いなぁと思ったり。

 

ま、それをやろうとするとまた時間がかかりますからね(⌒-⌒; )

 

どうしようか迷いマイマイなのです。

 

というわけで、今回は全体的にどんな感じで「よだかの星」と、「たくさんのお月様」の作品に取り組んだかを書いていきたいと思います。

 

ここでくイメージ含め内容はあくまで私個人が勝手に思ってやった内容です。劇団アクアさんの稽古に持って行くまでの過程での思考の範疇です。

 

イメージは

よだかの星・・・in the dark

きれいなお月様・・・pop colerful

 

よだかの星はナレーションメインで話が進む美しくもあり重めのお話です。

 

返してきれいなお月様は、登場人物の掛け合いで話が進行するお話です。

 

話の全体を10として、よだかの星の情景描写が7なら、お月様は3というところでしょうか。

 

すると、稽古の方法も変わってきます。

ラーメンでいうなら、ナレーションはスープ、キャストは具材です。

スープがうまくなくちゃ、すべて台無し。

 

たくさんのお月様はラーメンよりもチャーハンです。土台になる米はあるものの、色んな食材が混ざり合って調合しあって旨味が増す。

 

なので、よだかの星は、個人の演技力が問われる物。

たくさんのお月様は、一人で頑張ってもダメで、お互いの空気の調合が必要です。

 

 

そういう事を踏まえて、稽古プランを考えました。

つまり、たくさんのお月様は必要最低限の稽古はするが作り込み過ぎない!

逆によだかの星は、稽古量を増やす!

作戦です。

1月29日に台本をもらいそこから本番まで、20日の約3週間、この3週間の過ごし方がほぼ決まりました。

 

でね、よだかは難解でした。

半は基本的に起承転結がはっきりしてて分かりやすくて笑えて泣けて、ハッピーエンド的な物が好きなんですよ。

 

よだかはね、難しい

もっかい言っときますね。

よだかの星は難しい!

言葉や情景の美しさが鮮明だけに、後味に不思議さが残り、整理するのに自分の中で追記をしないといけない作品です。

いや、だからこそ印象にのこるというか。

繰り返し読み返してしまう名作なのでしょうね。

 

で、すみません。続き続きになりますが、朗読をする上で半なりの解釈にたどり着きましたので、それを書きとめようと思っているのですが、久しぶりに文系の血が騒ぎ、いろいろ言いたい事が混ざっておりますので、詳しくは次回書かせていただきますね。

 

で、一方のお月様の方では、いかに楽しく読むか、というのが、私の課題でした。

 

掛け合いで重視なのでテンポを崩さず、合いの手を入れる。

なんか臼でお餅つきするときの、お餅をひっくり返す人みたいに、目立たないけど、邪魔にならないけど、うまーく仕上げるみたいな、ね。

 

うん、全体的に今回の稽古プランは、なかなかあたりだったんじゃないかと思っています。^ - ^

 

 

本当はね、早く皆様にはお見せして、皆さんのお声とかもお聞きした上でお話ししたいんですけどね。

 

すみません(−_−;)

 

今回はあまり身になるようなお話で早く無いような話でしたが、次回は文系のらしく、よだかの星を徹底分解してお話ししていきたいと思います^_^

 

 

 

 

 

 

インフルvs芝居人 の続き〜ツイッターログ〜

劇団アクア 朗読劇、無事に終了。皆様、ありがとうございました。dbd半です。

 

公演終了後、書きたいことをまとめてアップしようと思っていたのですが、不測の事態になりました。

 

タイトル通り、インフルB型が家族内パンデミックを引き起こし、一人ずつ着実に感染させていきました。

 

戦いはまだ終わっていなかったのです。

 

私の場合、公演終了後の安堵が隙を作ってしまった感じで、帰りの道中マスクをしていませんでした。

 

その時に、何か嫌なものが胸に入った気がしたのです。

心境としては、風の谷のナウシカの名台詞を思い出す感じです。

f:id:dbd-hans-collection101:20170223120951j:image

少し肺に入った

 

かっこいいですよね。このシーン大好きです。

 

ま、それとは関係なく、帰ると二人めの感染者が出ていました。

ま、これは予測通りでした。

 

が、少々、見くびりすぎました。

奴は着々と勢力を強め、私に襲いかかって来ました。もうきっと部屋中が菌だらけになっていたのだと思います。

 

以下ツイッターログでその過程をアップしておきたいと思います。

 

 

二人目がやられました。

 

 

この時はまだ風邪症状な感じだったんですね。

 

 

 

 

 

 こんなこと言ってるくらいなので実は意外と元気だったのですか、このあと携帯開くのも億劫なくらい撃沈でした。

 

そして今日に至ります。

 

いやぁ、我ながらギリギリまでアホなこと書いてますな〜。

 

そゆわけで、動画のアップをしたいところですが、少し編集もしたいので、アップまではかなり時間がかかりそうです。(>人<;)

 

皆様も今年のインフルにはどうぞお気をつけくださいね。

 

 

 

 

お芝居の楽しさ、面白さ〜お客様〜

本番前になるとかきたいことが、増えます。

 

いや、だからけいこしろよって!と思いつつ、駆け足で語りたいと思います。

 

もう3回目くらいですが、お芝居の楽しみ方について、また話したいのです

 

一回までは、表現の楽しさや、作る楽しさについて

[過去ブログ①]

 

2回目は作る側の目線での楽しさについてです。

[過去ブログ②]

 

そして、突如見る側の楽しさについて、今、書きたくなったのです。

 

何をしゃべりたいってね。

 

まず、お芝居を見る楽しさは大きく分けて二つあると私は思っています。

一つは全く知らないお話を見る。完全オリジナルを楽しむパターンです。

 

そして、もう一つは逆にお話を知った上で楽しむパターンです。

 

演劇回において、名作と言われるものは何度でも公演されます。同じ劇団だけ繰り返される再演もあれば、原作自体が素晴らしくメディアミックスをしていたり、パロディに使われたり、多方面で上演されたりします。

 

ここで気をつけたいのが、原作を知らないとついて行けない!となるパターンがあることです。

私は高校から大学にかけて、文楽と歌舞伎を見ました。あの三味線と独特な言い回し、寝てしまいました。とても気持ちよかったです。(笑)見るまでは、見所はどこだろう?たのしみっ!という気持ちでいっぱいなのです。でも、いざ始まると、話の内容がわからない、というか何を言っているかが分からないのです。

洗練された動きや仕草に見とれて、また来たいと毎回思うのですが、山場に差し掛かるまではどうも単調に聞こえるだけなのです。

 

そしてある時気づきました。話を理解した上で、それをどのように表現しているかを楽しめば良いんだと。

半は一番楽しいのは物語です。どういう展開になるのか?あんなところに伏線があったのか、こんな役なら、こうなるなぁとか、とにかく物語が好きなんだと思います。

 

なので、一度見てしまったもの知ってしまったものに対して、繰り返し見ることはあまりしません。

 

ですが、その見方を変えるとどうでしょう。話の展開ではなく、役そのものに集中して見たり、舞台セットや照明の一工夫なんかにも着眼できるではありませんか。  

  

うぉぉぉぉ。

お芝居って面白い。

見方を理解すれば、違う楽しみ方がある!演劇に多ジャンルがある理由がわかります。

 

歌舞伎をや文楽だけでなく、シェイクスピアや、劇団四季で行われるようなディズニー、後有名なエリザベートなんかもそうですよね。

 

良く知られている作品だからこそ、その前後の話や過程、背景、なども見えるとより一層作品を楽しめるわけです。

これは作り手に関わらず、お客さんにもオススメなわけで、作品を知った上で楽しむとより味わえたりするんですよね。

 

有名なお寺や歴史建造物なんかも、近所に住んでいると灯台下暗しで、何の変哲もないようなものに見えたりしますが、下調べをしてわざわざ遠方からそこに訪れるとなると、それを見る価値というのは、何も気づいていない地元民よりよっぽど価値があり、どっきどきーのわっくわくぅーになったりしますよね!

 

お芝居のね、楽しみってそういうところもあるとおもうんですよね!

 

小屋での上演時間だけを楽しむんじゃなくて、チケットを手にした時から、演目を探している時から公演というのは始まっていて、楽しみにしているそのワクワクする時間もまたお芝居の楽しさだとおもうんです!

 

お話の内容を調べて見たり、このくだりを、ちゃんとこういう演出つけてきたーっ!って思うのもまた一興だったり。^_^

 

あたら終演後の、余韻もたまらないですよね。友人と何時間だった語れます。最近は語る友人がいないので、喫茶店でお茶をしながら、頭の中を整理してその余韻もきちんと頂きます。

 

あとね、お話というのはね、必ず余白があります。

全ての全てを台本に書き落とすのは無理な話なんですもの。

その余白の部分をどう描き出すかも、その劇団の色だったり個性だったり役者の力量だったりします。

 

もちろん、見方は賛否両論あるものなので、出来上がりが正解でもないし、いろんな選択肢があるものなんですけどね。

 

今回の「よだかの星」と「たくさんのお月様」はどうでしょうか?

 

皆さんの中の「よだかの星」や「たくさんのお月様」のお話がきっとあるでしょう。

 

ご自身の考えや想像を絶対崩したくない、そういう方にはお芝居なんてきっとオススメできないでしょう。

 

でも、もし、この二つの作品をもっと見て見たいと思うのなら、色んな見方をして楽しみませんか?

 

この作品たちだけではありません。

半がご提供する作品は、半が携わった時から公演が始まっています。作っていく過程も楽しんでもらいたいと思ったのがこのブログの存在理由の一つですからね!

 

ああ、なんか、こういう事を無性に言いたくなったんです!!

 

演劇の面白さは一つではありません!

見方を変えれば、掘り下げてみれば、色んな展開が見えてきます!

どうぞ、あなた様のお芝居の楽しみ方を是非見つけて見てください!

 

そして、ここに来てくださったのなら、是非私と一緒に作品を楽しみましょう!!

 

公演の本番だけではない部分も全部ひっくるめて、作品を楽しもうじゃありませんか(^◇^)

 

 

ああ、言うてる間に日付が超えそう(笑)

 

明日14時、市川の展望台で無料公演の朗読劇やります。

お時間のある方は、お近くの方はお気軽にいらしてくださいね!

あ、もしこれ見て来てくださった方がいれば是非半にお声掛けください(^◇^)

繋がりが増えれば、嬉しいですし、励みになります。

半は公演が始まれば、一番下手(客席から見て一番左)に立つ予定です。

お声掛けくださった方には、大阪出身らしく飴ちゃんプレゼント(笑)なんてやるかやらないかわかりませんが(笑)

 

皆さんもお芝居が好きになってもらえたら嬉しいなと思いつつ、明日頑張りたいと思います^_^