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文系本領発揮!半ちゃんの「よだかの星」考察(解釈) PART4!「なんで星になれたの!?」

こんにちはdbd半です。

 

ちょっこし家のゴタゴタ、会社のゴタゴタ、さらにさらにのんびり更新になっております。

気づけば、本のキャスト練習をしていた時より、時間をかけて書いております(笑)

 

さ、よだかの考察、後半を書いて参りますよ^_^

まずは、関連内容サイト及び目次です。
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よだかの星青空文庫より
よだかの星 宮沢賢治
http://reception.aozora.gr.jp/aozora/cards/000081/files/473.html
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イメージ画像などモリモリの過去ブログ

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よだかの考察の目次です。

※すでに書いたものは過去ブログを張っていますので、関連内容になりますので、どうぞみてみてくださいね^_^

目次
《長く愛される理由〜描写》
①単語、「もう」「まっすぐ」「まるで〜ように」が多い!のはなぜ⁉︎

②情景描写は五感から入る!

③色

 


《長く愛される理由〜ハッとする瞬間》
④よだかはなぜ星になれたのか?
⑤よだかの“さいご”はいつなのか?
⑥ナレーションは何者なのか?演劇においてのナレーションのポジション
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やっとこ、後半に入ってきましたね。

ここからは、このよだかの星の真骨頂。

「ハッとする」瞬間に目線を向けながら④⑤⑥と書き綴っていこうと思います。

 

改めまして、今回のお題

《長く愛される理由〜ハッとする瞬間》
④よだかはなぜ星になれたのか?

 

ここまで読んでくださっている方からすれば、なんぞや?というタイトルですよね(笑)

 

ツイッターをフォローしてくださっている方はご存知だと思いますが、半はここ数ヶ月、二度見しちゃう、繰り返し見ちゃう聞いちゃうものはどんなものか、自分のハッとする気持ちやまた見たいと思うものについて、拾い出しをしています。

こんなの一個人の感想じゃないか!っと言われても、おっしゃる通りなのですがσ(^_^;)、いざ作る側になるとそう言った瞬間のハッに鈍感になってしまうんですね。

それって、一瞬のインスピレーションだし、実際、繰り返し繰り返し見続ければ、その感情のきらめきは薄れて行きます。

だいたいにして、また見たいっ!と、思った理由なんて普段は考えないはずですから当然です。。

列挙していく中で、きっと何か共通点や好みや、その他のよく分からない何かがあるんじゃないかと思ったのがきっかけです。

 

半の中では、このハッはとても大事で、私が感じたハッを皆さんにも伝えたいと思うわけです。

逆を言えば、面白い!また見たい!すごい!と思うものには、必ずこのハッがあると思うのです。

 

このよだかの星に関しても、上記の事があてはまります。今回私は繰り返しよだかの星を読んでいく事で、この"ハッとするもの"の大事さを教えてもらったように思うのです。

 

ですので、あくまで半なりの解釈ですが、順を追ってお話しして行きたいと思います。

 

④よだかはなぜ星になれたのか?

 

皆さん、どう思います?

 

ズバリこれって、この作品よだかの星の一番のクエスチョンでは無いでしょうか? 

 

半は読んでも読んでも解読できず、頭を悩ましました。

他のサイトでは宗教的な観点から、書かれていて、そういう見方もあるんだと思いましたが、どうも納得できません。

 

あ、ここでいう納得できないというのは、役者や演じる側にとって、辻褄が合わない、話が途切れる、という事です。これは作品制作者にとっては、世界が途切れるのと同じ意味になります。世界が途切れる、つまりは演者が途切れるのなら、見る側はシラフ(現実に)にかえる結果になります。

ですから、半の中では、納得できないことは納得できるまで読んで読んで読んで読んで読み倒さないと行けないわけです。(あくまで半流の作品作りですが)

 

とすると、宗教的な観点からだけだと、どうしても読者に偏りがあります。

そんな差別的な書き方を、 この宮沢賢治さんが書くでしょうか?

ニッチな話ほど気になるといえば、それまででしょうが、それではなぜか半の中では消化不良でした。つまりは納得できない。

 

では、今一度文章を読み解いてみましょう。

 

 寒さにいきはむねに白く凍(こお)りました。空気がうすくなった為に、はねをそれはそれはせわしくうごかさなければなりませんでした。
 それだのに、ほしの大きさは、さっきと少しも変りません。つくいきはふいごのようです。寒さや霜(しも)がまるで剣のようによだかを刺(さ)しました。よだかははねがすっかりしびれてしまいました。そしてなみだぐんだ目をあげてもう一ぺんそらを見ました。そうです。これがよだかの最後でした。もうよだかは落ちているのか、のぼっているのか、さかさになっているのか、上を向いているのかも、わかりませんでした。ただこころもちはやすらかに、その血のついた大きなくちばしは、横にまがっては居ましたが、たしかに少しわらって居(お)りました。
 それからしばらくたってよだかははっきりまなこをひらきました。そして自分のからだがいま燐(りん)の火のような青い美しい光になって、しずかに燃えているのを見ました。
 すぐとなりは、カシオピア座でした。天の川の青じろいひかりが、すぐうしろになっていました。
 そしてよだかの星は燃えつづけました。いつまでもいつまでも燃えつづけました。
 今でもまだ燃えています。

 ※引用:青空文庫

 

うん。分かりません。

ではよだかはなぜ星になりたいと思ったのでしょうか?

「お日さん、お日さん。どうぞ私をあなたの所へ連れてって下さい。灼(や)けて死んでもかまいません。私のようなみにくいからだでも灼けるときには小さなひかりを出すでしょう。どうか私を連れてって下さい。」

死ぬことで光を出す。それが星になったということでしょうか。

では、もっと掘り下げて。

よだかはどうして死を求めるようになったのでしょう?

ああ、かぶとむしや、たくさんの羽虫が、毎晩僕に殺される。そしてそのただ一つの僕がこんどは鷹に殺される。それがこんなにつらいのだ。ああ、つらい、つらい。僕はもう虫をたべないで餓(う)えて死のう。いやその前にもう鷹が僕を殺すだろう。いや、その前に、僕は遠くの遠くの空の向うに行ってしまおう。

 そうそう、鷹に殺されそうになったことで、死というものを近く感じ、ひどい理不尽さを持っているにもかかわらず、実は自分も他の生き物を殺して生きている存在だったことを自覚する。こんな内容でしたよね。

 

さて、私たちは教育という制度があり、植物や生き物を食べることはごくあたりまだと認知しています。けれど、いざ生き物を目の前にして、その肉を喰らえというのは、はなはだ抵抗を感じるのではないでしょうか?

 

肉の旨みを知っているものの、可愛い動物が、動物の親子が殺されるところを見ればどうでしょうか?単純に「可哀そう」なんて思ってしまうわけです。

自分の体内に当然のように吸収しているくせにです。

 

よだかは、ここに不条理を感じたのでしょうね。

不条理はどこにでもつきものです。

その不条理さを感じたうえで、あなたなら肉を食べないで生きていく道を選べますか?野菜を食べないで生きていこうと思えますか?

 

私は否です。

肉だって食べるし野菜も食べます。

可哀そうだと思いつつも、美味しい、と思ってしまうでしょう。

 

よだかはこの分かれ道、多くの人とは違う道を選択したと言っていいでしょう。

そう、ここに私は何やら、よだかが星になれた理由のヒントが隠されているように思うのです。

 

ただただ、いじめられて、我慢して我慢して、そしたら星になれた。めでたしめでたし。当初の半の印象はこんな感じなのです。

でも、これじゃ全然面白くないですよね。それに児童向けの話としてはあまりにお粗末です。

 

それが、何やらヒントが見えてきました。

肉を食べない選択。

命を奪わない選択。

他の人とは違う選択。

 

純粋で単純で明確。

 

でも、どうしてこの選択を選んだのでしょう。

そこには鷹の存在と醜さを理由に苛めを受けていた境遇があります。

 

そこまで、プレッシャーをかけられていた。他の選択肢がなかった。苛めから解放されたいがための死の選択。自由を求めるための選択だった?

 

またまたお粗末な設定になってしまいます。

こんなことを児童が素直に受け取ってしまえば自殺者が後を絶ちません。

宮沢賢治さんはこんなことを言いたかったのでしょうか?

 

本当のところはわかりませんが、他の答えもきっとあるはずです。

 

もっと崇高で、お日様やお星さまにも見放されたよだかが星になれた理由。

他者を殺して自らが生き残るよりも、自らの命を絶つことを選ぶ理由。

 

そうそ、他の方が書いた解釈で、だれからも見放され、自力で願いをかなえた所に美しさがあるという風におっしゃっていた方がいました。

なるほど、そういう見方もできますね。

でも、自力で星になる力なんて、こんな非力なよだかにあるのかしら。。。

どうやら製作者としての半はまだ納得できません。

 

ん~、ん~、

 

ていうか、そもそもなんでお星さまや太陽は光るんでしょうか。

ま、燃えているからですよね。うん。うん。ん?

ただ、燃えている。

それって、つまり自然現象・・・ですよね。

 

おっとっと、ちょっと違う角度から考えてみましょう。

 

もともと、よだかは星になる素材(素質)を持っていた。

その着火剤がなかっただけで。

それがこの死を求めることで、いや生と死の境界線を越えることで、点火された。。。

 

なんだ、なんだ謎のひもがほどけてきそうですよ。

 

順に解釈を建ててみましょう。

①よだは星になる素質を本来持っていた。

②状況は最悪。いじめられるしついには変なあだ名をつけられて殺される寸前。

③でもよく考えたら自分も殺生してた。

④もうやだ。殺すのも殺されるのもやだ。だったら死んでもいいからどうせ死ぬんだったら、一つの光にでもなってやろうじゃないか。

⑤けれどもやっぱり邪険にされる。

⑥ねばる。ねばる。ねばって。天を目指す=死(着火)

⑦星になっていた。

 

 

流れをざっくり列挙するとこんな感じです。(笑)

ではこの①の素質が問題です。

素質、星になるべくしてなる素質。

純度の高い何か。でしょうか。

純度の高い・・・ベジタリアン。。。いやいやいや。さっきのアレ。

アレな気がします。

そうです。よだかは虐められても殺されそうになっても、自らがいじめる側になろうとしたことはありません。むしろ、自分が生きるための殺生でさえ、断ち切ろうとするのです。自分に受けた痛みを誰かにまき散らすのではなく、それを決して問い詰めることも、仕返しをしてやろうとすることもありません。

 

前にも少し書きましたが、よだかは決して弱い生き物ではありません。弓のように空をかけ鷹のような鳴き声を持っているのですから相手を威嚇することもできたでしょう。もともとポテンシャルの高い生き物だと思うのです。

 

でも、決してしない。

 

これって、原石みたいじゃないですか?相手を思いやる。傷つけたくない。そして一縷の光になりたい。

まるで子供のように純粋でまじりっけがなくて、原石というか原色というか。一番自然に近いもの。

 

そう。これが素材なんじゃないでしょうか!?

 

するとするとですよ。

 

生と死の狭間が着火剤になると仮定して、それにはどんなくだりがあったでしょうか。

 

よだかはもうすっかり力を落してしまって、はねを閉じて、地に落ちて行きました。そしてもう一尺で地面にその弱い足がつくというとき、よだかは俄(にわ)かにのろしのようにそらへとびあがりました。

 

 ここで着目したいのはここ、地に落ちて行きました。という文です。

実はここだけ地に落ちるという表現を使っています。地に落ちる。この単語だけを拾うと地獄に落ちるの、表現に近いものがあります。

そしてよだかはどこから落ちるかというと、お星さまのいる天からです。

つまりよだかは天から地に落ちるのです。

 

そして最後のくだりではこのように書かれています。

もうよだかは落ちているのか、のぼっているのか、さかさになっているのか、上を向いているのかも、わかりませんでした。

 これは天と地の隠喩だとするなら、天でも地でもわからない。無我の境地。昇天。

とも受け取れるのではないでしょうか?

 

 

はい、ここで、まとめます。

 

④よだかはなぜ星になれたのか?

   ・もともと星になれるピュアソウル(星になれる素質)をもっていた。

  ・逆境にいることで引き金になり、着火剤になるだろう死への選択をしていく。

  ・それでもさらに拒絶されるが、拒絶されることでさらに純度の高いピュアソウルへと近づき天と地の境界線を渡る。

  ・境界線が着火剤となり、よだかは昇天。

  ・無我の境地の中自分が光り輝いていることに気づく

 

 

これが半なりの解釈です。

どうでしょうか?

 

他の方からすると、私の解釈のほうが納得できないよぉ~という方も多いかと思います。でもいいんです。(笑)

 

いろんな解釈があってよくって、特に役者や演出をする側は独自の視点があるものなので、自分がきちんと辻褄があっていて納得できたならそれで世界はつながるんですから。(^^)

 

でも、なかなか面白いと思いませんか?

星の原石を持ち合わせていたよだか。

生死の境がそのきっかけだった。

 

でも、半はこれだけだとまだ納得できなかったんです(笑)

 

次回に話が続きますので、是非次回も連続してお読みくださいね。

次回は・・・⑤よだかの“さいご”はいつなのか? です。

お楽しみに~(^^)